Ⅸ.その後の事件

Ⅸ.その後の事件

シャーロック・ホームズ年譜

(ローマ数字は月を示す)

 「ええと日付は?」――シャーロック・ホームズ

W・S・ベアリング=グールド『シャーロック・ホームズ ガス燈に浮かぶその生涯』河出文庫

Ⅸ.その後の事件、1909年、1912~14年、1920年、1939~45年

「ぼくの生涯のこの時期に、親友ワトスンはほとんど目の届かない所に行ってしまった。たまの週末に彼が訪ねてきた時だけ会うことができた。ぼくの家は寂しかった。ぼくと年老いた家政婦と蜂だけが住んでいたのだ」とホームズは「獅子のたてがみ」(59)の中で述べている。

1909.Ⅶ.27.(火)~Ⅷ.3.(火)「獅子のたてがみ」事件(59)「ぼくの事件の中で、これほどまでにぼくの能力の限界を読者が知ることのできる事件もないだろう」
1912.~1913.シカゴでアルタモントとして活動(「最後の挨拶」(60)による)*1
1914.Ⅷ.2.(日)「最後の挨拶」事件(60)「この事件を調べてくれという強い圧力がかかった。……事件はとても複雑だった。」
1920.「……1920年には、コンスタンティノープルで――ロンドン・タイムズ紙によると――イギリスの大探偵が陰で働いていることをトルコ人は確信していた」とヴィンセント・スコットは『221B シャーロック・ホームズの研究』の序文で述べている。
1929.Ⅶ.24.(水)ジョン・H・ワトスン死亡。
1939.~1945.シャーロック・ホームズの第二次世界大戦中の事件*2
1946.Ⅸ.19.(火)マイクロフト・ホームズ死亡。
1957.Ⅰ.6.(日)シャーロック・ホームズ死亡。

*1:ドナルド・ヘイン氏は1912年のホームズの数ヵ月ののアメリカ訪問を描き出すというすばらしい仕事をした。「ベイカー・ストリート・ジャーナル」誌の1946年4月号(第1巻、第2号)189ページから190ページまでを参照。

*2:本書404ページの注にあるマンリー・ウェイド・ウェルマン氏とアンソニー・バウチャー氏の研究を参照.