あっあーん

あっあーん

 シャロレー伯がもらす呪詛のことば。

XX 絵と言葉

 しかしながら、ひとたび、かれのフランドル魂を強くつかんでゆさぶる事件を叙述する段になると、シャトランの文章は、その格式ばったものものしさのうちにも、実に力づよい造形力をみせ、その報告をよむものの心を感動にひきずりこむのである。思想は、といえば、同じ時代の人びとにくらべ、けっしてゆたかなほうではなかった。かれの場合、その思想というべきものは、ありきたりの信心、倫理観、そして騎士道理念と、いわば、流通してすでに久しい貨幣のごときものであった。だから、事件についての陳述は、まったく皮相に流れている。だが、表現は鋭く、生気に満ちている。

 かれの描きだした、フィリップ善良侯(ル・ボン)の人物像には、ファン・アイクを想わせるに足る迫真力が感じられるといってよい。かれは、いわば、小説家の心をもった年代記家であって、ゆうゆうと楽しみながら、一四五七年にはじまった、フィリップとその息シャルルとの確執のことを詳述しまた詳述しているのである。事物を視覚的に覚知し、表現しようとするかれの心的定位が、これほどまでにはっきりあらわれている箇所は、ほかにはない。事件の外的状況が、くっきりと鋭く、再現されているのだ。多少、多めに、文章を引用してみなければなるまい。それだけのことは、じゅうぶんにあるのだ。

 確執は、若年のシャロレー伯シャルルの宮廷内務の、ある官職をめぐっておこった。老いたるブルゴーニュ侯フィリップが、以前シャルルとのあいだにかわした約束を無視して、そのポストをクロワ家のものに与えるようシャルルに求めたのである。これは、クロワ家一族に対するに、破格の厚遇であった。シャルルは、これをこころよしとせず、父侯の要求を拒否したのであった。

「そこで、侯は、月曜日、聖アントワーヌの祝日、ミサをすませたのち、家中平穏に、家臣たちのあいだに不和のおこらぬように、おのれの息も、また、おのれの指図に従うようにと望まれて、時祷書をよむのもそこそこに、礼拝堂にひとけの絶えるやいなや、さっそくに、その息を呼びよせて、やさしく、こういったのである。『シャルル、侍従職を争っているサンピ卿とエメリー卿の件だが、なんとかかたをつけてはくれまいか。サンピ卿を、その地位につけてほしいのだ』。そこで、シャロレー伯はこういった、『父君、かつて、あなたは、わたしに命令書をくだされました。それには、サンピ卿の名は、記載されておりません。どうぞ、お願いですから、父君、そのご命令を、わたしに守らせてください』。『だがな』と、侯はいった、『命令のことは、おまえの知ったことではないのだ。命令をつけ加えるのも、とりけすのも、このわたしなんだよ。サンピ卿をその地位につけたい、そうわたしが望むのだ』。『あっあーん』と、伯はいった。かれは、いつもこんなぐあいに呪詛をもらすのであった。『父君、お願いですからかんべんしてください、そんなことはできません、あくまで、まえのご命令どおりにいたします。クロワの領主ですね、わたしに対しことをかまえたのは。ちゃんとわかります』。『なんだと』と、侯はいった、『わたしのいいつけに従わないつもりか。わたしの望むことをしないというのか』。『父君、喜んで従いもいたしましょう、だが、そのことだけはいたしません』。侯は、この言葉をきいて、怒りに苛だち、こう答えた、『ええい、こいつめ、おれのいいつけに従わないというのか。でて失せろ!』。言葉に激して、血は、一瞬、心の臓に集まり、顔面蒼白となったとみえたが、それも束の間、朱をそそいだ顔面は、いかにも恐ろしく、ただひとり侯のそばにひかえていた礼拝堂の司祭の話では、みるもぞっとするほどであったという」

 実に力のこもった文章ではないか。おだやかにはじまった対話が、短い言葉のやりとりのうちに、しだいに怒りに燃えあがる。息子の投げだすようなもののいいかたには、すでにして、のちのシャルル突進侯(ル・テメレール)その人が感じられるかのようではないか。

ホイジンガ『中世の秋』下 中公文庫
中世の秋 (下巻) (中公文庫)

中世の秋 (下巻) (中公文庫)