えらいこっちゃ

えらいこっちゃ

編集者の頃

 その酒を飲みながら、先生一流の講評というか、いじめというかが始る。居並ぶ編集者たちを端から一人ずつ名指しで批評してゆくのである。ちょっと癇にさわる返答でもしようものなら大変だった。文字通り泣くまで攻める。日本語の全く通じないGIまで泣かせたという伝説のある小林秀雄である。しかも素面の時は秀才の如く、酔えば無頼漢の如し、と云われたのが、充分に酒が入っている。常人の太刀打ち出来る相手ではない。四十面を下げたベテランの編集者が、おいおいと声をあげて泣く始末だった。

 冷静に聞いていると、かなり怪しげな論理のこともある。いつでも先生の方が正しいわけでもない。そのくせ必ず泣かすのである。心理的に巧緻な攻撃法だった。正しく名人芸と云っていい。

 東大の哲学科を出たばかりの田島という男がいた。一日、先生の講演会が某所(場所は忘れた)であり、奥さまが少し遅れて東京に着かれた。ところが講演会場が判らない。奥さまは慌てて創元社へ来て、会場を問われた。運悪く田島が社長命令で会場まで案内する役目を仰せつかった。噂では田島は自信満々だったと云う。ところが、どういうわけか会場に着かない。田島の思い違いなのだが、哲学者なんて代物は仲々簡単に自分の非を認めたりしないものだ。依然として自信満々で奥さまを引っぱり廻し、ようやっと会場に辿りついた時は、先生の講演は終わっていた。

 次の週の編集会議の後のそば屋で、先生はそのことで田島に注意された。田島の返事がいけなかった。

「人の案内をするために哲学をやってるわけじゃありません」

 一同、ぎょっとあいて思わず先生を見た。

「なんだと」

 声のオクターブが下った。危険の徴候である。皆、首をすくめた。

「お前な、もしカントだったら、うちのかみさんをあんなぶざまな案内の仕方したと思うか、ええ」

 カントと来たもんだ。えらいこっちゃ。苦笑を噛み殺したのは、佐古さんと私の二人だったと思う。

「どうなんだ? カントでもすると思うかよ」

 田島はかくんと来た。

「思いません」

 そりゃあそう云うしかない。何しろカントである。

「カントは哲学やってないのか」

 こうなるともう無茶である。攻撃は延々と続き、田島は遂に泣いた。

 後で駅まで一緒に歩きながら、

「汚ねえよ、カントだなんて」

隆慶一郎『時代小説の愉しみ』講談社文庫

時代小説の愉しみ (講談社文庫)

時代小説の愉しみ (講談社文庫)