またまた大勝利

またまた大勝利

 「大勝利」に続き、「またまた大勝利」。こちらも脳内で置換しております。

 第三章 続勝利の記録

 さて阿Qは、いつも勝利したものの、有名になったのは趙旦那に一発頂戴してからである。

(中略)

 その「にせ毛唐」が近づいてきた。

 《坊主あたま、驢馬の……》いつもの阿Qなら、腹で罵倒するだけで、口には出さないが、あいにく、むしゃくしゃの最中、仕返ししたい一心で、つい低い声がもれてしまった。

 思いがけず「坊主あたま」は、ニス塗りのステッキ――つまり阿Qのいう葬い棒――をたずさえており、ずかずか寄ってきた。これは殴られるぞ、と阿Qは一瞬覚悟をきめ、全身を緊張させ、首をすくめて待っていると、案のじょうパンと音がして、たしかに頭をやられたらしかった。

 《あいつのことを言ったんで》阿Qは、そばにいた子供を指さして弁解した。

 パン! パン! パン!

 阿Qの記憶では、たぶんこれが生涯第二の屈辱事件だった。さいわい、パン、パンのあと、もう一件落着の感じで、いっそさっぱりした。しかも「忘却」という先祖伝来の宝のきき目も出た。ゆっくり歩いて酒屋の前まで来ると、もういくぶん上機嫌でさえあった。

 すると今度は、静修庵の若い尼さんが通りかかった。ふだんでも阿Qは尼さんを見ると黙っていられなくなるが、ましてや屈辱事件の直後だ。記憶がよみがえると、敵意もよみがえった。

 《今日は、どうも日が悪いと思ったら、やっぱり、おまえのつらを見たせいだな》と彼は思った。

 尼さんの行く手に立ちはだかると、思いきり大きな音を立てて唾を吐いた。

 《カッ、ペッ!》

 尼さんは見向きもしないで、うつむいたまま歩きつづける。阿Qは近よりざま、ぐっと手を伸ばして尼さんのそりたての頭をなでた。そしてゲラゲラ笑いながら、

 《坊主あたま! 早く帰れ、和尚さん首ながくして……》

 《なにさ、手出しなんか……》尼さんは顔をまっ赤にして、足をはやめた。

 酒屋の連中が、どっと笑った。手柄を賞讃されたので、阿Qはますます意気あがった。

 《和尚ならいいが、おいらの手じゃ、いけねえかよ》かれは尼さんの頬をつねった。

 酒屋の連中が、どっと笑った。阿Qはますます得意で、観衆をよろこばすために、もう一度ギュッとつねった。そして手を放した。

 この一戦によって、ひげの王のことも、にせ毛唐のことも、きれいさっぱり忘れて、きょうの「不運」の仇を全部取ったような気がした。そのうえ不思議なことに、パン、パン、やられたときよりも全身さっぱりして、今にもふわりふわり空へ舞いあがりそうな気がした。

 《跡取りなしの阿Q!》遠くから尼さんの半泣きの声がきこえた。

 《ハッハッハ!》阿Qは、十分の満足感で笑った。

 《ハッハッハ!》酒屋の連中も、九分の満足感で笑った。

魯迅作 竹内好訳『阿Q正伝・狂人日記』岩波文庫