やかん

やかん

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「(略)観音さまへ行ったんだ」

「で、人は出ていたか?」

「ええェ、もう出るの出ねえのッったって、たいへんだよ」

「どっちなんだ? 出たのか、出ないのか?」

「だから、出たの出ねえのって……」

「出たかと思えば出ないと言うが、出たならば出た、出ないならば出ないと言いな」

「あ、そうか……じゃあ人が……出ェたァッ」

「それじゃ化け物だ。出ましたと言えばいい」

「じゃ出ました」

「雑踏をしていたか」

「ええ、なんだか知らねえが、猫も杓子も出ていやがってねェ、もうてえへんだよ」

「猫も杓子も?……猫は生き物だから出ないとは限らないが、杓子が出るのか?」

「なんだァ、他人(ひと)の揚げ足ばかり取っちゃァいけねえやな。よく言うじゃァねえか、大勢出たことを、猫も杓子も出たって……」

「だから、お前は愚者だ。それを言うならば、女子(めこ)も赤子もと言う」

「なんの事(こっ)てす?」

「女子とは女子(おなご)、赤子は赤ん坊だ。つまり、女子も幼な子も、老若男女(ろうにゃくなんにょ)、とりまぜて、たいそう雑踏しておりました、というふうに言うべきだ」

「へへッ、じゃ、まァそのとおりでござい」

「大神楽(だいかぐら)の後見だな、おまえは……他人(ひと)に言わしといて、そのとおりでございてえのがあるか」

「しかし、まァ観音さまなんてえのァ、豪儀なもんですねェ」

「なにが?」

「十八間四面だなんてあんな大(で)けえお堂に住んでねェ家賃は安くねえでしょうねェ?」

「観音さまが家賃を出すか」

「お身の丈が一寸八分だってえじゃァねえか。あんな大けえとこにいやがっって、うまくやってやがら」

「なんだそれは……やってやがるてえのは」

「あの、門番に仁王ってのが立ってますねェ。あれァむだなもんだねェ、あんのとこへ邪魔っけだァね、大きなやつがつっ立ってて。でえいち観音さまがあんまり給金をやりませんね、えてものに……」

「えてものとはなんだ……そんなことがわかるか?」

「だって自分の給金だけじゃァ食えねえから、大きな草鞋をこせえて売ってるじゃァねえか」

「だから愚者だというんだ、おまえは。草鞋を売るんじゃァない、あれは、信心する者が納めたんだ」

「あ、そうですか。あんまり買ってる人ァねえとおもったんだ。いってえなんです、ありゃあ」

「魔神だ」

「はァ……まじんてえと?」

「魔の王さまが立っている。つまり、あれから内(うち)ィ入れば、清浄なる仏の庭だ。ほかの魔が入ってくるといかんから、魔王が立って、全部の魔を睨み返すというわけだ」

「あ、なるほど、ふゥーん?」

麻生芳伸『落語百選』秋 ちくま文庫
落語百選 秋 (ちくま文庫)

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