アブドゥル・アルハザード

アブドゥル・アルハザード

「狂える詩人」あるいは「狂えるアラブ人」と呼ばれる、サナア(イエメン)のアブドゥル・アルハザードは、紀元七〇〇年ごろアミアデがカリフの地位についていた時代に生きていたとされる。詩人の例にもれず、自ら公言する宗教を信奉することはなかった。無関心な回教徒として、ヨグ=ソトースやクトゥルーといった邪神や魔物をひそかに崇拝した。黒魔術や悪魔学の失われた知識を求め、バビロンの廃墟を訪れてメンフィスの地下洞窟に入りこんだ。つぎにメンフィスやバビロンよりも古い都市、アラブ人がバレド=エル=ジン(魔物の都市)と呼び、トルコ人がカラ=シェール(暗黒の都市)と呼ぶ、トルキスタンの無名都市を探し求め、後に『ネクロノミコン』でこの都市を「邪悪都市」と名づけた。

 古代アラブ人がロバ・エル・カリイエ(虚空)と呼び、現代のアラブ人がダーナあるいは深紅の砂漠と呼ぶ、南方の砂漠に位置する、黒い石で築かれたこの沈黙の都市で、アルハザードは十年間ひとりきりで暮した。そして邪霊と魑魅魍魎が跋扈するといわれるこの砂漠で、人類よりも古い種族の年代記と怖ろしい秘密を見いだした。文明社会にもどってからは、キャメロットやエルドラドのように伝説的な、アラビア神話に登場する円柱都市アイレムに行っていたのだと語った。

 晩年はダマスカスに住み、その地で紀元七三〇年ごろに、隠れもなき著書を著し、『アル・アジフ』と書名をつけた――これはアラブ人が魔物の遠吠えだと信じる夜行性昆虫のたてる音をあらわすアラビア語である。アルハザードは七三八年に死んだ(あるいは姿をくらました)が、十二世紀の伝記作者イブン・カリカンによれば、アルハザードは真昼の燦燦たる日差のもとで不可視の魔物に捕らえられ、大勢の者が見まもるなか、無残にもむさぼり喰われたという。

リン・カーター「クトゥルー神話の魔道書」大瀧啓裕編『クトゥルー』2 青心社

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