アル・アジフ

アル・アジフ

 晩年はダマスカスに住み、その地で紀元七三〇年ごろに、隠れもなき著書を著し、『アル・アジフ』と書名をつけた――これはアラブ人が魔物の遠吠えだと信じる夜行性昆虫のたてる音をあらわすアラビア語である。アルハザードは七三八年に死んだ(あるいは姿をくらました)が、十二世紀の伝記作者イブン・カリカンによれば、アルハザードは真昼の燦燦たる日差のもとで不可視の魔物に捕らえられ、大勢の者が見まもるなか、無残にもむさぼり喰われたという。『アル・アジフ』はつづく二世紀のあいだ、当時の魔術師や哲学者から相当な評価をうけ、ひそかに写本が作成されて回覧された。九五〇年にはコンスタンティノープルのテオドラス・フィレタスがアラビア語の原本をひそかにギリシア語に翻訳して、『ネクロノミコン』の標題をつけ、この言葉の意味をめぐって議論が百出している。ラヴクラフトの批評家であり研究家でもあるジョージ・ウェッツルは、『死者の名の書』と訳し、マンリイ・バニスターは『死者の掟の書』と訳しているが、私にはギリシア語がわからないので、どちらが正確なのか判断をつけることはできない(ついでながら、ギリシア人はしばしば翻訳書の書名として冒頭の文章をそのまま用いたと言うことを、チャールズ・ターナーが教えてくれたことを申しそえておく。もしもそうなら、『ネクロノミコン』の冒頭が、「死者の名(掟)の書」であると推測できる)。

リン・カーター「クトゥルー神話の魔道書」大瀧啓裕編『クトゥルー』2 青心社

* はてなダイアリーキーワード:アル・アジフ