ボリショイサーカス

ボリショイサーカス

最初この提案を受けたとき、神は少し躊躇した。ボリショイバレエ、レニングラードフィルの知名度があれば、成功は間違いない、しかし果たしてサーカスは、どれだけ人を集められるのだろう、まったく予想がつかなかったのである。とはいうもののボリショイバレエ、レニングラードフィルと抱き合わせで提案された以上、この提案をのむしかなかった。ただ契約書に記載されていたサーカス団の名前、「ゴスダルストベンヌィ・ソビエツキイ・ツィルク(国立ソ連邦サーカス団)」が気に入らなかった。こんな長ったらしい名前ではダメだ、ネーミングは意味より感覚だという信念をもっていた神彰は、社員を集め、別のタイトルを考えるように命じた。ここから一つの伝説が生まれるのである。


 社員たちは、連日連夜酒を酌み交わしながら、喧々囂々議論を交わす。酒を飲むのが目的なのか、名前をつけるのが目的なのか分からなくなるほど宴会は延々と続く。ある日酔った勢いで誰かが、「ボリショイサーカス」というのはどうだろうと言い出した。ボリショイバレエがあるんだから、ボリショイサーカスというのもいいだろうと言うのだ。「ボリショイ」には「大きい」という他に「偉大な」という意味もあるとロシア語の分かる人間が相槌をうつ。これを聞いた神はこれだと思った。「語学的には大サーカスという意味かもしれぬが、しかし問題はニュアンスだ。ただ一語で、しかもそのスケールが匂ってくる」。こうして国立ソ連邦サーカス団に代わって、「ボリショイサーカス」というタイトルで、日本公演することが決まったのである。


 ロシア人にとって「ボリショイ」といえば、モスクワにある「ボリショイ劇場」がすぐに思い浮かぶはずだが、日本人にとって「ボリショイ」は、なんといってもサーカスであろう。ロシア語を知らない日本人でも、「ボリショイ」という言葉は知っている。それはソ連から最初に来たサーカス団が、「ボリショイサーカス」と名づけられたことに由来していたのだ。

大島幹雄『ボリショイサーカス』ユーラシアブックレット100 東洋書店

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