中国仏教史年表(隋まで)

中国仏教史年表(隋まで)

中国仏教史年表

隋まで

年代年号仏教史中国一般史世界史
  仏教、中国に伝わる(楚王英の秦仏説(65))、明帝の求法説(67)など)張騫、西域に派遣される(前139~前126)インドの小乗部派分裂終わる(前100ころ)
    インドの大乗仏教おこる(紀元ころ)
147後漢 建和一安息国の安世高、洛陽にて小乗仏教の翻訳を始める  
150 和平一月氏国の支婁迦識、洛陽に来て大乗経を翻訳する後漢亡び三国時代となる(220)ナーガールジュナ(龍樹)アーリヤデーヴァ(聖堤婆)活躍する
247呉 赤烏一〇唐居人の唐僧会、海を渡って建業に来る ササン朝ペルシアおこる(226)
250曹魏 嘉平二中インドの曇柯迦羅、洛陽に来る  
252   四唐僧鎧「大無量寿経」を訳出する  
260 甘露五朱子行「放光般若経」を求めて西域于闐に行く  
265晋 秦始一竺法護、長安に来て「正法華経」(286)など約一五〇部を訳出する。老荘思想を借りて、格義仏教がおこる。このころ牟子「理惑論」西晋(265~316)インドで如来蔵系・唯識系の経典がしだいにつくられる
310 永嘉四西域僧仏図澄、洛陽に来る五胡一六国時代(316~439)東晋(317~420) 
340晋 咸康六東晋に沙門の敬礼可否の問題おこる王羲之(321~379) 
351前秦 皇始一仏図澄門下の僧朗、泰山に入る陶淵明(365~427)ニケーア公会議
364東晋 興寧二道安「綜理衆経目録」を著わす 高句麗に仏教伝わる(372)
366 建元二沙門楽僔、敦煌鳴沙山に石窟を開く  
385太元一〇道安、長安で没(七二歳)淝水の戦い(383)百済に仏教伝わる(384)
390太元一五廬山の慧遠、念仏結社(白蓮社)  
398北魏 天興一北魏代郡に五級仏塔を建てる竹林の七賢、清談の流行ローマ帝国の東西分裂(395)
401後秦、弘始三鳩摩羅什長安にて「摩訶般若波羅蜜経」「妙法蓮華経」(406)「阿彌陀経」「十誦律」  
-413-一五「成実論」「大智度論」「中論」「百論」など三五部三百余巻を訳出  
404東晋 元興三廬山の慧遠「沙門不敬王者論」を著わす  
405 義煕一このころ僧肇「般若無知論」「註維摩経」を著わす  
408後秦 弘始一〇仏陀跋陀羅(覚賢)、「華厳経」「泥洹経」などの大乗経を訳出する  
-429-宋 元嘉六   
409東晋 義煕五道生、頓悟成仏、闡堤成仏を唱う范曄(398-445)「後漢書」 
-434-宋 元嘉十一   
412北涼 玄始一曇無識、姑蔵に来て「涅槃経」「金光明経」などを訳する アウグスチヌス「神の国」を著わす(413ころ)
-433    
414東晋 義煕五法顕、インド旅行から帰り、「法顕伝」を著わす東晋亡び宋興る(420)南北朝時代アサンガ(無着)・ヴァスバンドゥ(世親)活躍する
424宋 元嘉一畺良耶舎「観無量寿経」を訳出する  
-442-一九   
436 一三求耶跋陀羅、海を渡って健康に来て「勝鬘経」「楞伽経」などを訳出する  
-468-秦始四   
444北魏 太平北魏太武帝による廃仏北魏(439-534)ブッダゴーサ(仏音)
-446 真君五-七 道教の成立(寇謙之?-448) 
454 興光一曇曜、雲崗の五大石仏の開鑿を始める  
467 皇興一北魏、平城に永寧寺の七級浮図成る  
476 承明一北魏涼七州、軍戸三〇〇戸を僧祇戸とする 西ローマ帝国亡びる
493 太和一七僧制四七条を定め、北魏洛陽に遷都し、竜門の石窟を開鑿。この頃菩提達磨漢魏の地に遊化する均田法の実施エフタルのインド侵入(470ころ)
504梁 天監三-梁の武帝、奉仏の大事業始める  
-549    
508北魏 永平一菩提流支、「入楞伽経」「浄土論」「十地論」を訳出。慧光「十地経論」により地論宗をおこす昭明太子(501-31)「文選」百済から五経博士、日本に来る(513ころ)
516 熙平一永寧寺九層塔建つ。宝唱「経律異相」を著わす  
517梁 天監一六このころ僧祐「出三蔵記集」「弘明集」を著わす  
518北魏 神亀一北魏、天下の諸都に五級仏塔を建てる  
519梁 天監十八梁の慧皎「高僧伝」を著わす四六駢儷体流行す 
526北魏 孝昌二曇鸞、仙経を焼き捨て、浄土教に帰す 
528梁 大通二このころ達磨没(別説では536) 新羅に仏教行なわる(528)
529  三光宅寺の法雲没(63歳)  
538 大同四梁の武帝、同秦寺に盂蘭盆斎を設ける北魏亡び東西に分裂(535)日本に仏教伝わる(538)
548梁 大清二真諦、海を渡って健康につき、「摂大乗論釈」「大乗起信論」などを訳出する  
-569-陳 太建一   
552北斉 天保三仏滅一五〇〇年をすぎ、末法第一年に入る東魏、北斉となる(550)中観派の分裂
556  七那連提耶舎、鄴都に入り、「大集月蔵経」などを訳出する西魏、北周となる(557)ブッダパーリタ(仏護)・バーヴァヴィヴェーカ(清弁)活躍する
-558    
574北周 建徳三北周武帝による廃仏、華北に広がる  
577  六南岳慧思没(63歳)北周、北斉を亡ぼす(577) 
581隋 開皇一隋文帝仏教の復興に努める  
587  七智顗、「法華文句」「法華玄義」「摩訶止観」の天台三大部を著わす隋(589-618)唯識学派の展開
-594 -十四  アスヴァバーヴァ(無性)・スティラマティ(安慧)・ダルマパーラ(護法)活躍する
589  九三階教の信行、長安真寂寺に入る  
592  一二浄影寺慧遠没(70歳)  
594  一四法経ら、「衆経目録」を著わす。信行没(55歳)  
597 一七費長房「歴代三宝記」を著わす  
  智顗、天台山で没(60歳)  
600  二〇吉蔵、揚州慧日道場に入る  
601 仁寿一文帝、天下一一三州に利塔を造らせる  
-604-四  小野妹子、隋に使いする(607)
605 大業一静琬、房山に大蔵経の石刻を企てる イスラム教の成立(610)
609  五道綽、玄中寺に詣で浄土教に帰す 聖徳太子「三経義疏」を著わす
田村芳朗・梅原猛『絶対の真理(天台)』角川文庫