今、何時?

今、何時?

 ここで若い連中と調子を合わせていると、つくづくばからしくなり、あなたがいてくださったら、と思わずにはいられません。こんな弱気も、旅先だから吐けるのですね。

 若い連中の会話ときたら、こうなんですよ。

今、何時?

「十時ごろ、……ええと、十時五分すぎ、いいとこ五分すぎってとこ」

「何かいいことないかな」

「全く頭へ来ちゃうよな」

「眠くない?」

「眠くないんだな、これが」

「そんなら何かして遊びましょうよ」

「そうだな」

「それもそうだよな」

「ああああ、なんかスカッとしたことねえかなあ」

今、何時?

「十時半ごろかな……ええと、十時半ってとこ」

「つまり、そういうとこ」

 それで、みんなでワーッと笑うのですから、何がおもしろいんだか私にはさっぱりわからない。

 あなたの会話にはトゲがあって、ときどき腹が立つけれど、今となってはそのトゲがなつかしいのです。

 いったい、若い連中はあんなにおしゃればっかりして、エスプリ(機知)が一つもない会話をえんえんとつづけて、まるで、箱の中でマシマロがぶつかり合っているみたい。あれで人生が何が愉しいんでしょう。わが息子ながら情けなくなります。

三島由紀夫『三島由紀夫レター教室』ちくま文庫
三島由紀夫レター教室 (ちくま文庫)

三島由紀夫レター教室 (ちくま文庫)

 新潮社の『三島由紀夫全集』は正字正假名に書き改めてある(初出誌『女性自身』では新かなづかい、新字体)のですが、全集版の方もいいのでこちらも引き写します。(正字の出ないものは新字体。)

三島由紀夫レター教室

旅先からの手紙
むかし、氷ママ子が旅先から山トビ夫へ出した手紙

 ここで若い連中と調子を合はせてゐると、つくづくばからしくなり、あなたがうぃてくださつたら、と思はずにゐられません。こんな弱氣も、旅先だから吐けるのですね。

 若い連中の會話ときたら、かうなんですよ。

今、何時?

「十時ごろ、ええと、十時五分すぎ、いいとこ五分すぎつてとこ」

「何かいいことないかな」

「全く頭へ來ちやふよな」

「眠くない?」

「眠くないんだな、これが」

「そんなら何かして遊びませうよ」

「さうだな」

「それもさうだよな」

「ああああ、なんかスカッとしたことねえかなあ」

今、何時?

「十時半ごろかな……ええと、十時半つてとこ」

「つまり、さういふとこ」

 それで、みんなでワーッと笑ふのですから、何がおもしろいんだか私にはさつぱりわからない。

 あなたの會話にはトゲがあっつて、ときどき腹が立つけれど、今となつてはそのトゲがなつかしいのです。

 いつたい、若い連中はじゃんなにおしやればつかりして、エスプリ(機知)が一つもない會話をえんえんとつづけて、まるで、箱の中でマシマロがぶつかり合つてゐるみたい。あれで人生が何が愉しいんでせう。わが息子ながら情けなくなります。

三島由紀夫『三島由紀夫全集 16』新潮社
三島由紀夫全集〈16〉小説 (1974年)

三島由紀夫全集〈16〉小説 (1974年)