加藤周一読書術

加藤周一読書術

 私は学生のころから、本を持たずに外出することはほとんどなかったし、いまでもありません。いつどんなことで偉い人に「ちょっと待ってくれたまえ」とかなんとかいわれ、一時間待たせられることにならないともかぎりません。そういうときにいくら相手が偉い人でも、こちらに備えがなければいらいらしてきます。ところが懐から一巻の森鴎外(一八六二―一九二二)をとり出して読みだせば、私のこれから会う人がたいていの偉い人でも、鴎外ほどではないのが普通です。待たせられるのが残念などころか、かえってその人が現れて、鴎外の語るところを中断されるのが、残念なくらいになってきます。なにも偉い人にかぎらず、この人生にわたしたちを待たせる相手は、いくらでもあるでしょう。その相手が歯医者でも、妙齢の婦人でも、いや、すべてこの国のあらゆる役所の窓口でも、私が待たせられていらいらするということは、ほとんどありません。次の急な約束を控えていないかぎり、また、待つ場所が肉体的苦痛を与えるような場所でないかぎり、私はいつも血わき肉おどる本をもっていて、その本を読むことは、歯の治療や、役所の届け出や、妙齢だが頭の鋭くない婦人との会談よりは、はるかにおもしろいからです。

加藤周一『読書術』岩波現代文庫

どう読むか、その技術

  • おそく読む「精読術」
  • はやく読む「速読術」
  • 本を読まない「読書術」
  • 外国語の本を読む「解読術」
  • 新聞・雑誌を読む「看破術」
  • むずかしい本を読む「読破術」

読書術 (岩波現代文庫)

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