四月八日

四月八日

幽蘭居士東京夢華録 巻八

四月八日

 四月八日は釈迦の誕生日である。十大禅院*1では、それぞれ灌仏会をやり、香味料入りの糖水(あまちゃ)を煮て贈り物にする。それを「浴仏水」という。おいおい時候は日が長くなり、気候はうららかに、石榴(ざくろ)の花さく中庭には、時に友を呼ぶ鶯が聞こえ、細柳のしだれる軒ばには、ふと雛を連れた燕が見られる。都の七十二軒の正店では煮酒*2を売り出し、町の気分は一新する。とくに都の南の清風楼は、夏の一杯には格別で、まず青い杏子(あんず)を食べると、すぐ桜桃(さくらんぼ)が出る。時に佳賓を招けば、盛んな盃のやりとりである。

 この月に茄子と瓜の初ものが東華門の市に出るので、先を争って宮中に献上するが、一揃いで銅銭三十貫から五十貫もすることがある*3。季節の果物では、御桃*4・李子・金杏・林檎がある。

孟元老『東京夢華録』東洋文庫 平凡社

*1:『北道刊誤志』には、代表的な禅院として奉先資聖・明聖観音・定力・普浄・啓聖・普安・宝相の七禅院を挙げているが、いわゆる十大禅院の正確な名は決定できない。

*2:南宋の范成大(一一二六―一一九三)の冬日田園雑興詩に「煮酒は春前臘後に蒸す、一年長(つね)に甕頭清(きっぽん)を饗(たの)しむ」という句があり、沈欽韓の注に『宋史』食貨志を引いて、臘月に醸して蒸煮し、夏を候(ま)ちて出だす、これを火酒という、と説明している。青木正児氏いわく、「楊万里に「生酒」が有つて、紅酒と白酒とを比較して詠じてゐる。曰く、生酒ハ清キコト雪ノ如ク、煮酒ハ赤キコト血ノ如シ。……是によると白酒は生酒であり、紅酒は煮酒であつて、其の醸造法に此の相違の有ることが知られる。而して宋の朱翼中の「北山酒経」で見ると煮酒とは酒を甕のまま甑(こしき)の中で蒸すことで、仕方によっては白色のままに出来ると云ふ」(『抱樽酒話』〔『全集』第九巻四三―四四ページ〕)。古くは六如上人の『葛原詩話』巻二に、やはり楊万里の生酒歌の「煮酒ハ生酒ノ烈ナルニ如カズ、煮酒ハ只ダ烟火ノ気ヲ帯ブ」を引いて、「冬酒ヲ醞シテ、甕ヲ開イテソノナリニテ飲ムは生(キ)酒ナリ。三、四月青梅ノコロニ至ツテ、釜ニ入レテ煮カヘスヲ煮酒ト云フ。火器ヲ帯ビテ清烈ノ気ヲ失フトミヘタリ」と解説しているが、その作り方は『北山酒経』の説明に従うべきであろう。なお、『夢粱録』巻一〇「点検所酒庫」の章・篠田統『中国食物史』の「宋代の酒」の章などをも参照。

*3:巻一「大内」の章の末段(四三ページ)参照。

*4:『甕牗閒評』巻七にいう、いま小金桃と呼ばれるものは、本名は御桃である。漢の献帝が洛陽から許州に移ったとき、そこに小さな黄色い李があり、大きさは桜桃ほどだった。帝はこれを愛して庭に植えたので御桃と呼ばれた。