国民の義務

国民の義務

片桐卓也「ラピュタ・アフレコ3日間密着ルポ」

(中略)

7月6日 実在のモデルはだれだ

 明けて、6日。同日選投票日。

 宮崎さんは、

国民の義務は果たしてきましたよ」

 とニコヤカである。だれに投票したかは聞かなかった。

 ドーラの息子たちも全員そろい、残りのカットを頭の方から順に録音してゆく。

『ロマンアルバム 天空の城ラピュタ』徳間書店

 母里としては選挙は「当然の権利の行使」であると思いますし、民主主義国家である日本では「国民の責任」なのではないかと考えます。左翼の闘士である宮崎駿同志にしては言葉遣いがヌルいように感じられますね。


政治の季節

 僕は生まれてこのかた選挙の投票というものを一度もしたことがない。どうしてか? と訊かれてもひとくちではうまく答えられなくて、「さあ、どうしてでしょうね」とお茶を濁すしかないのだが、とにかく投票しない。「そういうのは国民の権利を放棄していることになるんじゃないか」と言われると、「たぶんそうなんだろうな」と思う。しかし投票しない。政治的関心や意見がないわけではないのだが、それでも投票しない。

 話によるとギリシャなんかでは選挙に投票することは国民の義務として法律で定められていて、正当な理由なく棄権するともろもろの市民権をハク奪されちゃうこともあるそうだが、日本ではそういうことはないから、投票をせずとも一応人なみに暮らしていくことができる。そのどちらが制度として妥当なのかについてはいろいろと議論があるだろうが、僕は個人的には日本のやり方がいいなと思っている。投票する人あり、投票しない人あり、人さまざまである。僕のまわりにも選挙の投票なんかしないという人はかなりいる。

村上春樹『村上朝日堂の逆襲』新潮文庫