安国全軍平遼靖虜大将軍

安国全軍平遼靖虜大将軍

紅夷砲の時代

 一六二六年、ヌルハチ率いる後金軍が寧遠城を包囲したさい、寧遠城の城壁にはマカオからはるばる中国を縦断して運びこまれた紅夷砲一一門がすえつけられていた。四方から攻撃する後金軍は、紅夷砲をはじめとする大砲の射撃のめに、三日間で二万人近くを失い、城攻めの器械も破壊されて、撤退をよぎなくされた。その後半年あまりでヌルハチが死んだのは、一説にはこのとき受けた傷のためであるともいう。後金軍にたいし連戦連敗であった明の皇帝は、この勝利に狂喜して、西洋大砲の一門に「安国全軍平遼靖虜大将軍」の称号を与えた。

岸本美緒『東アジアの「近世」』世界史ブックレット 山川出版社
東アジアの「近世」 (世界史リブレット)

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