忍剣

忍剣

忍剣忍剣!」

 呼ぶよりはやく、おうと、そこへあらわれた骨たくましい一人の若僧がある。

吉川英治『神州天馬侠』1 講談社吉川英治文庫

――知る人は知る。忍剣はもと、今川義元の幕下で、海道一のもののふといわれた、加賀見能登守その人の遺子(わすれがたみ)であるのだ。彼の天性の怪力は、父能登守のそれ以上で、幼少から、快川和尚に胆力をつちかわれ、さらに天稟の武勇と血と涙とを、若い五体にみなぎらせている熱血児である。

吉川英治『神州天馬侠』1 講談社吉川英治文庫

 得物は四尺余寸の鉄杖。まもりは、

 ピラピラと、魚鱗のような閃光をえがいて飛んできた鎧通しが、龍太郎の太刀にあたると同時に、銀粉のふくろが切れたように、粉々とくだけ散って、当たりはにわかに、月光と霧につつまれたかのようになった。

「や、や。あやしい妖気」

「きゃつはキリシタンの幻術師、かたがたもゆだんするな」

「この忍剣にならって、破邪のかたちをおとり召されい」

吉川英治『神州天馬侠』1 講談社吉川英治文庫

 忍剣の指示する、破邪のかたちとは?

 と、まっさきに忍剣が、大地に体をぴったり伏せ、地から上をすかしてみると、いましも、黒い影がするするとあなたへ足をはやめている。

吉川英治『神州天馬侠』1 講談社吉川英治文庫