愛国の血

愛国の血

丸谷才一「朝酒/ハムレット異聞/バーへゆく時間」

朝酒

 日本人はアル中にならないといふ説があつて、わたしはかういふ話を聞くのが大好きだ。それならいくら飲んだつて平気なわけぢやないか、一つ腰をすゑて大いにやりませう、日本に生まれて本当によかつたなあ、といふ気になつて、愛国の血が燃えたぎる。

 昔、子供のころ、芳賀矢一の『国民性十論』といふ本を読み、わが国民は名誉を尊び、とか、清浄を愛し不潔を嫌ひ、とか、決して嘘をつかず、とか、おいしいことづくめのお世辞を言はれて、すつかり嬉しくなつたことがあるが、あの時の気持に似てるね。

 ところが、日本人はアル中にならないといふ話、詳しく聞いてみると、どうも変なのだ。日本人は体力が乏しい。ゆゑに、毎日まいにち強い酒を浴びるほど飲んだりすれば、たちまち体がやられてしまふ。(われわれの代表的な酒がアルコール度が低いのは、われわれのかういふ体質の反映にほかならない。)つまり、アル中になる前に死んでしまふ、といふ説なのである。

 何となく不愉快だね。アル中にさへなれないなんて、二重三重に侮辱されたみたいでおもしろくない。論者の愛国心を疑ひたくなる。

吉行淳之介編『酔っぱらい読本』講談社文芸文庫