文学探偵

文学探偵

文学探偵」タカハシさん登場

 実をいうと、タカハシさんの本職は文学探偵である。

 なるほど、タカハシさんはテレビにも出演している。競馬エッセイも書いているし、なんと小説さえ書いている。いやいや、確か文芸批評も書いていたはずだ。なんだ、文学探偵ってのはそのことか。みなさんはそう思われるかもしれない。

 違うのである。

 文芸批評というものは作品のテーマ、構造を分析し、最終的にはその作品を文学史のどこいら辺に設置すべきかを考える、まあインテリア・コーディネイターのような仕事といってもいいであろう。インテリア・コーディネイターがちゃんと職業としてイエロー・ページに載っているように、文芸批評家という仕事は一般社会にきちんと認知されたいわば正業なのである。

 しかし、世間は広い。イエロー・ページに載っていない仕事だってたくさんある。

 たとえば、殺し屋。載ってない。もちろん、載ってない。しかし、この職業はちゃんと成立している。タカハシさんの友人で、香港で化粧品&ウーロン茶卸売業を営んでいるCさんは「いつでも紹介するよ」といってくれているぐらいだ。こわいよなあ

 さて、世間が広いように、文学世界も広い。文芸批評家という正業では扱えぬ複雑な作品だってたくさんある。そういう作品を前にして、読者は困惑し、助けを求める。

 まずは、イエロー・ページをめくる。

 インテリア・コーディネイター……じゃなくて文芸批評家に尋ねてみる……が「どうにもわたしの手には負いかねます」と答えられる。

 どうしたらいいのか。

 刑事コロンボに相談する? 金田一少年に電話をかける? ゴルゴ13に連絡を取り、スイス銀行の彼の口座に百万$振り込む? 藤田まことに手紙を書いて、誰か適当な必殺仕掛人を紹介してもらう?

 いや、タカハシさんのポケベルにメッセージを吹き込めばいいのである。超簡単。

高橋源一郎『文学なんかこわくない』朝日文庫
現場検証

 タカハシさんはアルバイトでいくつもの新人文学賞の選考委員をやっているが、もしこの作品が目の前に提出されたら、冒頭の八行目まででスリー・ストライク、バッター・アウト、落選である。いや、選考委員に提出される以前に一次審査でアウトになるはずだ。なぜなら、あまりにも言語感覚が貧しすぎるからである。

 いや、と読者は思われるかもしれない。タカハシさんは文章や言葉のことばかりいっているが、小説には(あるいは文学には)それ以外の要素(ストーリイ、テーマ、その他いろいろ)だってあるのではないかと。

 あるいはまた、僅か冒頭の八行でそんなことを断定してしまっていいのかと。

 いいのである。

 タカハシさんは誇るものを持たぬ人である。恒産なく、恒心もない。小説を書くのは遅く、競馬の予想もあたらない。容貌に自信なく、運動神経に至ってはかけらもない。おまけに音痴で、運転免許もない。それではほとんど人間とはいえない。そのタカハシさんがただ一つ誇っているのは、数十年にわたって古今東西万巻の書を読みつづけてきて、いささかではあるが言語表現というものの秘密を解きあかせるようになったことである。

 その経験はタカハシさんにこう教えている。

 すなわち、小説は(文学は、広く本は、といいかえてもかまわぬが)言語だけでできている、だから使用されている言語がダメなら、その小説は(文学は、広く本は、といいかえてもかまわぬが)アウトなのである。このことに例外はない。

 だから、最初の一頁を読めばすべてわかるのである。

 いやいや、タカハシさんが敬愛する数少ない文学探偵であるハシモトオサムさんはかつて「その本を読まなくても噂だけで中身がわかる」とおっしゃった。ハシモト探偵は、噂を聞いて想像して、その後実際に読んで想像と違ったことはないそうである。少なくとも一頁は読まないと断定できないタカハシさんなどまだまだ修行が足りないのだ。

高橋源一郎『文学なんかこわくない』朝日文庫
文学なんかこわくない (朝日文庫)

文学なんかこわくない (朝日文庫)