李克用

李克用

独眼龍

李克用

八五六~九〇八。唐末の武将で、後唐の事実上の建国者(太祖)。トルコ系、突騎施族。唐末の混乱のなかで後り梁を建国した朱全忠と、常に対立関係にあった。用兵の天才といわれ、黒い装束で身を固めた軍をひきいたところからその軍は鴉軍と恐れられた。片目がつぶれていたところから独眼龍とも呼ばれた。その激しい行動にもかかわらず大局的抗争で朱全忠には勝てず、後梁の建国を許してしまう。その子の代になって後梁を倒し後唐を建国したが短命な王朝であった。『新唐書』巻二一八沙陀伝。

田中芳樹『中国武将列伝』下 中公文庫
花ひらく長安――唐時代(後)

李克用のような人が、そのあたりから出てくるのです。この李克用という人も、もともとは騎馬民族の出身ですね。非常に勇猛な人でした。この人は生まれつき片目がつぶれていたので、独眼龍と呼ばれています。日本の伊達政宗を独眼龍というのは、その呼びかたをまねしたわけです。これも李克用のほうが伊達政宗よりも八百年ほど早いですからね。

 李克用のひきいる軍隊は、全身黒ずくめでした。甲冑も、軍服も、馬も、すべて黒ずくめだったおです。それで、鴉軍(あぐん)――カラス部隊と呼ばれて、非常に強力でした。この部隊が地平線に現われたりしますと、黒一色の姿で、黒雲が押し寄せて来るような迫力があったといわれています。

田中芳樹『中国武将列伝』下 中公文庫
花ひらく長安――唐時代(後)

 一方、李克用という人は、良い意味でも悪い意味でも典型的な武将でして、朱全忠のような海千山千の勧誘とは全然ちがうものですから、何かにつけ、してやられるわけです。たとえば朱全忠が李克用の手柄なんかもなかなかそのまま朝廷に伝えてやらないなんてことがありました。あるとき朱全忠が李克用の人を急襲して火を放つ。そうすると火と煙の中で逃げる影を見て朱全忠が矢を放つと、相手は落馬する。李克用をやっつけたと思って近づいてみると、朱全忠の部下だった、などという話もあります。

田中芳樹『中国武将列伝』下 中公文庫