殺生石

殺生石

殺生石」『下野民話の旅 17』下野新聞2009.6.7

殺生石(九尾の狐)(那須町)

 かがり火の炎に照らされ、「狐」の鋭い目があやしげに光る。那須に伝わる伝統の火祭り「御神火祭」。150匹もの狐のたいまつ行列が祭りを彩った。「那須かたりべの会」の三本木(さんぼんぎ)ツヤさんは「九尾の狐は歌舞伎や能の演目にもなっっています」と魅力的な物語を話してくれた。


 今から800年も昔、鳥羽のみかどが重い病気にかかった。阿部泰成(あべのやすなり)という陰陽師は古い書物を調べ、天地創造の時に吹き上げた毒気が凝り固まった生き物「白面金毛(はくめんきんもう)九尾狐(きゅうびのきつね)」のことを突き止めた。泰成は「九尾の狐はまず絶世の美女に化けるはず」と祈祷をすると、みかどが魂を奪われていた美しい女官「玉藻(たまも)の前」の姿はみるみる九尾の狐に。泰成は5色の幣束を投げつけると、青色だけが地に落ちずに東の空遠くに消え去ったんだ。

 那須郡(ごおり)の領主、須藤(すどう)権守(ごんのかみ)貞信(さだのぶ)は、荒れ果てた草むらに青色の幣束が落ちているのを見つけた。朝廷の軍勢8万余騎が那須野ヶ原を取り囲むと、無間(むげん)の地獄谷に隠れていた狐は、腹が減っちまって姿を現した。「それ、九尾の狐現る」。貞信はかぶら矢を弓につがえ、放った矢は狐の脇腹に刺さった。九尾の狐はその場にどっと倒れ込むと、その体は大きな石に変わった。

 ところが九尾の狐の恐ろしい力か、この石は毒気を吐き続け、空飛ぶものを落とし、流れ出した毒は川に入り魚をも殺した。那須境村の泉渓寺の住職、源翁(げんのう)和尚はある朝、迫り吹く風をものともせずお経を唱えると石の表に変化が表れた。流れ落ちる露の玉がしだいに大きく膨らんで、蒸発するかと見えたこの時、和尚は金剛づえで石を「やあっ」とひと打ち。すると石は3つに割れて、中からかつての玉藻の前そっくりの石の霊が浮かんだ。やがてこの石の霊は成仏して消えたとさ。


 御神火祭実行委員会の鈴木和也さん(48)は、「私たちは那須の自然に畏敬の念を感じて生きている。見る人にもその気持ちが伝わる祭りにしたい」と意気込む。熱い思いが込められた炎が地域を明るく照らし続ける。

          (文、柴山英紀(しばやまひでき))

「殺生石」『下野民話の旅 17』下野新聞2009.6.7

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