盂蘭盆

盂蘭盆

サマルカンドの先祖のまつり

 そも盂蘭盆会の「盂蘭盆」とは、なんのことか。

 どう見ても中国語ではなさそうだ。外来語の音を写したものにちがいない。古くからサンスクリットの「ウッランバナ」という言葉がもとだとされている。「逆さ吊り」という意味である。インドの古い言い伝えでは、子孫のない者が餓鬼となって逆さ吊りの苦しみを受けるとされた。この説は唐の時代から行われている。

 この古典的解釈をまっこうから否定したのは、仏教文学の研究者として名高い岩本裕(いわもとゆたか)氏である。

 理由はいくつかある。まず『盂蘭盆経』のなかに「逆さ吊り」に関連する言葉がまったく見られないこと。また、経典に出てくるのは子のいない餓鬼などではなく、たいそうな孝行息子をもった母親であること。いちばんの理由は、ウッラバンナという言葉そのものがこんにちまでにしられている文献のなかに見いだされないことであるという。

 これはなかなかすごい発言である。サンスクリット文献の厖大さというのは、たぶんギリシア古典の量などとは比較にならないと思う。筆者のようなザコがこの言葉は文献に見あたりませんなどと言おうものなら、もっとよく探しなさいと怒られるのがオチである。しかし大学者が「ない」と言うのだから、それはほんとうにないのだろう。もしも反論したければ「ある」という実例を出してくるしかない。今日にいたるまでどこからも出てくる気配がない。

 中国語でもなくサンスクリットでもないとすれば、いったいどこに起源があるのか――。

 それは古代イランの言葉で「霊魂」を意味する「ウルヴァン」である、と岩本氏は主張する。

 この言葉は、南北朝時代から唐代にかけて中央アジアで活動していたソグド人によって、中国に伝えられたという。ソグド人というのは、サマルカンドを中心としたソグディアナ地方に住むイラン系民族である。彼らは交易によってさかえ、西域の文物をふんだんに中国にもたらした。そのいくつかは石田幹之助(いしだみきのすけ)の『長安の春』に活写されている。パリ大学で中央アジア氏を専攻するドゥ・ラ・ヴィスエールの最新学説によれば、交易の相手国は中国やインドだけでなくビザンツ帝国にもおよんだおり、その足跡は黒海の北岸から朝鮮半島までたどれるという。

 死者の霊魂であるウルヴァンのまつりについては西域の文献に記されている。先祖の廟のなかで杜松(ねず)を焚いて食べ物を供えておくと、この日ばかりはウルヴァンが天国や地獄から帰ってきてごちそうを味わっていく。その姿は見えないけれど、子供たちや親族の者たちと団欒のときをもつのである。――いかにも盂蘭盆の行事につながる親密な先祖のまつりではないか。

 ただこの解釈、いくらか疑問ものこる。経典中に出てくる「盂蘭盆」の語はしかし、「盆器」や「盆」とともに器物の意味でしか用いられていない。教えを乞いたいと思う。

菊地章太『儒教・仏教・道教』講談社選書メチエ
儒教・仏教・道教 東アジアの思想空間 (講談社選書メチエ)

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