神気

神気

 兵庫介が寝所を起き出たのは習慣どおり卯の刻(午前六時)である。嗽水(うがい)をつかう前に、しらじら明けの庭に降り立って朝露をふんで爽快の大気を嚥(の)む。

 普通、食堂と気腔は異なるから、空気は吸うことは出来るが嚥み得ない。水が鼻から入ると困却するのと同じ理窟である。だが熟練が足りると、自在に空気をのみ下しうる。ごくん、ごくん、気持のいい音をたてて嚥するそうである。

 はるかに、曙の空へ向って兵庫介はそれをした。大きく口をあけ、両手を脇腹にあてて、朝気を嚥む。常の者がこれをしたのでは、如何に大きく吸い込んでも肺へ通じ、肚には溜まらない。のもうとした刹那には、空気は鼻孔から逃げる。

 医学的説明を俟つ迄もなく、人体がそういう構造になっているので、食物が気管へ通らぬように出来ているのである。

 兵庫介は、確かに、だが腹へのむのだ。朝陽がまさにのぼらんとする時、東天に向ってその太陽の「光り」を、のむ。一説に、これは無類の不老長寿の法とも云われるから、好奇の読者はこころみに験してみるとよい。一定量を嚥むと、水と同じで、あとは一口ものめぬそうだ。そうして、充分に大気を嚥んで暫くすると、胃から腸にかけてゴロゴロ腹が鳴り出す。尾籠な話だが、やがて曖気(げっぷ)と放屁で体内から排出されるわけだ。「空気が旨い」とよくいうが、馴れれば本当に空気の味が舌で味わい分けられるそうである。

 柳生兵庫介はこれを、「神気を頂戴する」と名付け、好天の朝には必ず行うのを習慣とした。爽かな空気を以て、体内の悪質ガスを排出する手段と解しても、たしかに健康には奇効がありそうである。

五味康祐『柳生武芸帳』上 文春文庫
柳生武芸帳 上 (文春文庫)

柳生武芸帳 上 (文春文庫)