筆記

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筆記」というのは、心おぼえのノートと随筆を足して二でわったようなものだが、中国の知識人はこの筆記を作るのも読むのもたいへん好きで、特に宋元以後はおびただしい筆記がのこされている。

高島俊男『水滸伝の世界』ちくま文庫
水滸伝の世界 (ちくま文庫)

水滸伝の世界 (ちくま文庫)


まえがき

 本居宣長の著作は数多いが、断然おもしろいのは『玉勝間』である。

 ことごとに「漢意(からごころ)を去れ」と支那だいきらいの宣長だが、これは支那の「筆記」の筋をひくものである。筆記というのは、書き手の興味あること、おもしろいと思ったことを、断片的に、脈絡なく書きつらねたもので、つまり日本で言えば徒然草のような形のものである。

 支那では宋代からこれがさかんに書かれるようになり、以後千年のうちにあらわされた筆記は何万種とも知れぬ。著名なものだけでも枚挙にいとまない。また、最もこのんでよまれたのも筆記であった。おもしろいからである。

 内容は著者の興趣しだいだから種々さまざまであるが、書き手が学者だから学問にかかわることが多い。うんと質の高い、たとえば顧炎武の『日知録』くらいになると筆記とよぶのもおそれおおいほどだが、しかしこれも筆記である。

 わが江戸時代には、この筆記がぞくぞく長崎にもたらされ、日本人も、支那にはこんなおもしろい本があったのかと、あらそってよむようになった。また同体裁のものをかずおおく書いた。

 馬琴は舶来筆記の熱狂的愛好者で、自分でもたくさん書いた。『燕石雑志』『玄同放言』等々。おれはそんじょそこらの戯作者風情とはちっとちがうんだぞ、というところを見せたのである。筆記は学者でなくては書けない。

 日本では「随筆」と呼ぶことが多い。ただし明治以後の「随筆」とは性格がことなる。その他「雑記」とか「雑録」とか種々呼びかたがあるが、同じことである。

 宣長の『玉勝間』は日本人が書いた筆記の最もすぐれたものである。

高島俊男『座右の名文』文春新書
座右の名文―ぼくの好きな十人の文章家 (文春新書)

座右の名文―ぼくの好きな十人の文章家 (文春新書)