美人

美人

第七章 文章技巧

人物描写――外貌

 昔、アンドレ・カイヤットというフランスの映画監督と話したときに、私がしきりに映画に対する小説の優越性と未来性を力説して、映画には肥った女や、痩せた女が出てきて、如何に映画会社が美人だと宣伝しても、それは美人でないと思う頑固な観客を避け得ないが、例えば小説だと、スタンダールの『ヴェニナ・ヴァニニ』のように「彼女はローマ第一の美人であった」と書いてあるだけで読者は納得し、彼女の美の前にひれ伏すではないかと言ったことがあります。しかしそれは作者の態度、作者の資質によることであって、バルザックのような夢想家であり、かつリアリストであった天才は、人間の顔についてもその顔から受ける詩的印象を微細にわがまま勝手に描き出して、それを読むわれわれはもうなんのことやらわからなくなってしまいます。

三島由紀夫『文章読本』中公文庫

附 質疑応答

八、小説第一の美人は誰ですか

 これはごく易しい質問です。文章における小説第一の美人とは、もしあなたが小説を書いて「彼女は古今東西の小説のなかに現れた女性のなかで第一の美人であった」と書けば、それが第一の美人になるのです。言語のこのように抽象的性質によって、小説中の美人の本質が規定されます。これが劇や映画と小説との本質的ちがいであります。それはまた小説と歴史とのちがいでもありまして、歴史が史上最高の美女というときには、なんらかの裏付けがなければならないのでありますが、小説はそれ自体によって成り立っている小宇宙でありますから、なんらかの事実の裏付けなしに、小説の第一の美女というものはいつでも任意の所、任意の場所に出現するのであります。しかしわたしの読んだなかで最も神に近い美女をあげろと言われれば、おそらくリラダンの描いた「ヴェラ」をあげるべきでありましょう。

三島由紀夫『文章読本』中公文庫
文章読本 (中公文庫)

文章読本 (中公文庫)

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