船玉様

船玉様

船玉様

 ところで、先日、石上七鞘(いしがみななさや)といふ学者の『日本の民族伝承』を読んでゐたら、『假名手本忠臣蔵』の台詞でわからなかつたことが一つ、あつさりと解けた。そのことを書きませう。

 七段目「祇園町一力の場」で、おかるが梯子を降りる。

「船に乗つたやうで怖いなア」

 と言ふと、由良之助が下から、

「道理で船玉様が見えるわ」

「エヽ、覗かんすな」

 このやりとりが、どうも納得がゆかなかつた。

 もちろん船玉様といふのが、注釈書ふうに記せば女陰の意であることはわかる。だから風儀が悪いといふので、明治の團十郎は、たしか、

「天津乙女の御降臨ぢや」

 と猶したのでした。今春の歌舞伎座でも、今の團十郎はこの型でやつてゐた。詰まらないね。あれはどう考へても改悪である。歌舞伎といふのはもともとガラの悪いものなんですから、こんなところで容態ぶつたつて駄目なのに。

 しかし、わたしが疑問に思つたのは、なぜ「船玉様」が女のものといふことになるのか、であつた。これがわからない。「船玉」はすなはち「船霊」で、船の守護霊のこと、と言はれても、ピンと来ないんですね。歌舞伎ではなく、もとも浄瑠璃のほうですが、岩波「日本古典文学大系」の注釈を見ても、こんなことは書いてない。

 ところが石上さんの本を読むと、

 船霊さまは、船の帆柱を立てるためのタテギ(縦木。つつ・もり・船霊座ともいう)部分に、マッチ箱ぐらいの小さな穴を彫って鎮め納める。

 とあつたので、ははあと思つたのでした。これ以上の詳しい説明は、まさか要らないでせうね。とにかく、この「マッチ箱ぐらいの小さな穴」から、卑語としての「船玉様」が生じたらしい。

 もつとも、帆柱を立てない船の場合はどうするか。胴ノ間と仲ノ間とのあひだの仕切りの部分に祀る。最近はただお札を貼るだけですませることもある。おもしろいのは、ヨットのマストは軽金属で出来てゐるため穴を彫ることができないので、小さな箱を取り付けたり、あるいは、お札を貼つたりする、といふ記述です。ヨットにも古代信仰がつきまとつてゐるわけだ。

 ところで、この小さな穴に神体を入れるわけですが、これがじつにいろいろである。

  1.  人形
  2.  女の髪の毛
  3.  銭十二文(十円玉十二箇)
  4.  五穀
  5.  口紅
  6.  白粉(おしろい)
  7.  櫛
  8.  かんざし
  9.  鼠の糞

 などを入れるといふ。これを全部入れるわけにはとてもゆかないから、どれか一つですませるのでせうね。

 神体とは依代(よりしろ)の一種です。神霊が降下するための座でもある。だから、神霊そのものでは決してないのだが、しかしずいぶんいろんなものが選ばれるなあと驚く。

 1から10までを見わたして、まづ気がつくのは、女に関係のあるものが多いことだ。人形にしたつて、女をかたどつた人形一つか、あるいは男女一対だといふ。そしてこのことから見当がつくのは、船霊が女神だといふことだらう。事実、沖縄のヲナリ神といふのは、後悔する兄弟たちを姉妹の呪力が守護するのださうで、たぶんこのあたりが船れい信仰の古型にちがひない。

丸谷才一『夜中の乾杯』文春文庫

船玉様

 この、船霊が女だといふのは全国的に信じられてゐるらしい。女が一人で船に乗るのを船玉様が嫌ふなんて伝承が、ほうぼうにあるさうだ。結婚したばかりの男は三日間、船に乗つてはいけない、ともいふ由。石上産が『日本航路細見記』から引いてゐる船玉大明神御神像を見ると、なかなかの美人で、気のせいか、伊勢の齋宮の服装(と言つたつてよく知らないんだが)に近いなりをしている。そして、さすがに髪が長い。かういふ女神なら、その依代として髪の毛が納められるのも、もつともなことである。

 ただし、これは柳田国男の本で知つたことなんですが、船玉の神体に髪の毛をあげると寿命が縮むと言はれてゐて、なかなか求めにくいものらしい。これはいかにもうなづける話ですね。船主の妻あるいは娘の神が多いといふのも、たぶんこのせいだらう。さらに、髪以外のものが神体にされるのも、この結果だらうと思ひます。

 そこで人形だの、口紅だのが納められるわけですが、女を象徴するにしては変な神体もありますね。

丸谷才一『夜中の乾杯』文春文庫
夜中の乾杯 (文春文庫)

夜中の乾杯 (文春文庫)