藤子・F・不二雄略年譜

藤子・F・不二雄略年譜

藤子・F・不二雄略年譜

「藤子・F・不二雄」『こだわり人物伝』2010年4-5月 日本放送出版協会 より

一九三三年(昭和八) 十二月一日、富山県高岡市に生まれる。本名、藤本弘
一九四四年(昭和十九)十歳小学校で転入生の安孫子素雄氏と出会う
一九五〇年(昭和二五)十六歳四コマ漫画を投稿し始める。安孫子氏と手書きの回覧誌「少太陽」を創刊
一九五一年(昭和二六)十七歳手塚不二雄のペンネームで安孫子氏と合作し漫画を投稿。『毎日小学生新聞』の連載『天子の玉ちゃん』でデビュー
一九五二年(昭和二七)十八歳手塚治虫氏宅を訪問。高校卒業後、製菓会社に就職するもまもなく退社。ペンネームを足塚不二雄にして漫画に専念
一九五三年(昭和二八)十九歳長篇『UTOPIA 最後の世界大戦』(安孫子氏との合作)初単行本化
一九五四年(昭和二九)二十歳安孫子氏と上京し両国に下宿。のちトキワ荘に転居。ペンネームを藤子不二雄とする
一九五五年(昭和三十)二十一歳正月に帰省。原稿の締切に間に合わず、仕事を干される
一九五七年(昭和三二)二十三歳「たのしい三年生」など学年誌の連載が増えてくる
一九五九年(昭和三四)二十五歳日本初の週刊少年漫画誌『少年サンデー』に『海の王子』(安孫子氏との合作)を連載。トキワ荘向かいに仕事場を移す
一九六〇年(昭和三十五)二十六歳『てぶくろてっちゃん』連載
一九六二年(昭和三七)二十八歳石本正子さんと結婚
一九六三年(昭和三八)二十九歳トキワ荘時代の仲間とアニメ制作会社スタジオ・ゼロ設立
一九六四年(昭和三九)三十歳『オバケのQ太郎』(安孫子氏との合作)連載開始
一九六七年(昭和四二)三十三歳『パーマン』連載
一九六九年(昭和四四)三十五歳異色短篇『ミノタウロスの皿』掲載
一九七〇年(昭和四五)三十六歳『ドラえもん』連載開始。スタジオ・ゼロ解散
一九八〇年(昭和五五)四十六歳藤子不二雄賞(新人漫画賞)設立。映画第一作『のび太の恐竜』公開
一九八七年(昭和六二)五十三歳藤子不二雄のコンビ解消。ペンネームを藤子・F・不二雄とする
一九九二年(平成四)五十八歳『ドラえもん』発行部数八〇〇〇万部突破
一九九六年(平成八) ベトナムに「ドラえもん教育支援基金」設立される。『のび太のねじ巻き都市(シティ)冒険記』執筆中に倒れ、九月二十三日その生涯を閉じる。満六十二歳
二〇一一年(平成二三) 神奈川県川崎市に藤子・F・不二雄ミュージアム開館予定