論語解題

論語解題

論語新釈 (講談社学術文庫)

論語新釈 (講談社学術文庫)


解題

 論語は、孔子の語、孔子が門人及び当時の人と問答した語、孔子の起居動作、門人の語、門人が門人同士又は当時の人と問答した語等を、孔子の死後に、孔子の門人の門人が論撰して編成したものである。十巻二十篇から成っている。

 孔子が手を加えたといわれる書物や、孔子の言行を記した書物は、他にもあるけれども、直ちに孔子の思想を窺い、孔子の人格に接するように思われる書は、論語の外にはあるまい。古来、孔子の教えを奉ずる人や、世の辛酸を嘗めた人たちの愛読するところとなり、あるいは「宇宙第一の書」といわれ、あるいは「人類の語では賞讃しきれないほどりっぱな書物だ」といわれている。

 わが国では、応神天皇の時に、百済(くだら)の博士の王仁(わに)が献上したことが国史に見えているが、王朝時代には、孝経と共に大学の学生の必修科目となり、鎌倉室町の時代においても読者は絶えず、徳川時代には、少し学問した人で論語を読まない人はないという有様で、古来、わが国民道徳とはすこぶる深い関係がある書物だから、今日新思想の起伏消長する間にあっても、依然として世人(せじん)の尊崇をうけているのである。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

学而第一

(解説)学而というのは篇の名である。古書によくあるように篇中の初めの章の初めの二字を取って付けたのであって、一篇の内容を概括して付けた名ではない。論語二十篇の名は、みなこれと同一の方法によって付けられている。第一とは学而という篇が二十篇の第一に位することを示したものである。以下これに準ずる。

 この篇は論語二十篇の第一に位しているから、学に志す者に根本の修行を務めさせようとする意味を記したところが多い。この一篇は聖人の道に入(い)る門戸となり、自己の徳を積む土台となるもので、学に志す者の第一に務め励むべきところである。朱子は「この一篇を明らかにすれば、あとは自然に暁(さと)り易い」といっている。この篇は十六章から成っている。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

為政第二

(解説)まず学んで後政(まつりごと)を為し民を化すべきものであるから、学而の後に為政を持ってきたのだという。この篇は二十四章から成っている。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

八佾第三

(解説)この篇はすべて二十六章ある。大部分は礼楽のことを論じている。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

里仁第四

(解説)すべてで二十六章ある。初めの七章は仁のことを言い、あとは多く学のことを言っている。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

公冶長第五

(解説)この篇はほとんどみな古人の人物の賢否得失を論じている。学者の格物窮理の一端である。胡寅(こいん)は子貢の徒(と)の記すところが多くはあるまいかといっている。すべてで二十七章ある。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

雍也第六

(解説)すべて二十八章ある。篇内の第十四章以前はたいてい前篇とおなじく人物の評論である。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

述而第七

(解説)この篇は多く孔子が自ら謙遜して、人に教訓した辞(ことば)や、孔子の容貌や行為等を記してある。すべて三十七章である。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

泰伯第八

(解説)この篇はすべて二十一章ある。内十六章は孔子の語を記し、五章は曾子の語を記してある。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

子罕第九

(解説)この篇はすべて三十章ある。この篇は述而篇のように孔子が己を謙遜して人を誨(おし)えた辞(ことば)や言行交際や出処の類が多い。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

郷党第十

(解説)この篇は孔子の平生の起居動作から言語衣服飲食に至るまで、詳細に記したものである。古は全体を一章としたけれども、朱子は十七節に分けた。熊勿軒(ゆうこつけん)は曰(い)う、「初めの五節は孔子が朝廷に居る時の言語容貌を記し、次の四節は孔子の衣服飲食居処を記し、その他は孔子が一郷から一国に至るまでのすべて君(きみ)に事(つか)え友に交わる道や容貌の変化や言語の微細な処までみな備(つぶさ)に記してある。」

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

先進第十一

(解説)この篇は多く弟子の賢か不賢かを評してある。すべて二十五章ある。胡寅(こいん)は「この篇に閔子騫の言行を記した所が四箇所あるが、その中(うち)の一箇所では閔子騫に対して閔子という敬称を用いているから、あるいは閔子騫の門人が記録したのではあるまいか」と曰(い)っている。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

顔淵第十二

(解説)この篇はすべて二十四章から成っている。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

子路第十三

(解説)この篇はすべて三十章ある。前の十八章は多く政(まつりごと)を言い、十九章以後は多く学を言い、末の二章は政(まつりごと)をいう。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

憲問第十四

(解説)この篇は原憲が自ら記したものであろうと曰(い)われている。「憲恥を問ふ」と姓を書かないで直ちに名を書いていること、他の篇では「原思之が宰と為る」と字(あざな)を用いているのにここには名を書いていること、次の章の克伐怨欲の問いが端を改めずにすぐ前につづけて書かれていることなどが原憲が自ら記したものであろうという疑いを起させるからである。すべて四十七章ある。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

衛霊公第十五

(解説)この篇はすべて四十一章ある。初めの三章は同時の言であろうと朱子は疑っている。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

季氏第十六

(解説)この篇は斉論ではないかと疑う人がある。皆「孔子曰はく」と書いた所や三友(さんゆう)三楽(さんかい)三愆(さんえん)三戒(さんかい)三畏(さんい)九思(きゅうし)等をならべあげる所は他の篇と趣がちがう。すべて十四章ある。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

陽貨第十七

(解説)この篇はすべて二十六章ある。内に陪臣が政を専らにすることが三つある。性を言う者が三章ある。その他は皆学を為し身を修めることで警戒言切の辞(じ)が多い。(熊禾(ゆうか)による)

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

微子第十八

(解説)この篇は多く聖賢の出処(仕えると仕えざると)を記してある。すべて十一章ある。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

子張第十九

(解説)この篇は皆弟子(ていし)の言を記す。そして子夏が最も多く、子貢がこれに次ぐ。それは孔子の門下では、顔子より以下には穎悟なること子貢に及ぶものはなく、曾子より以下には篤実なること子夏に及ぶものはないから特にこれを記すことが詳(つまび)らかなのである。すべて二十五章ある。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

堯曰第二十

(解説)この篇はすべて三章ある。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫