講談社選書メチエ 刊行の辞

講談社選書メチエ 刊行の辞

講談社選書メチエ 刊行の辞

 書物からまったく離れて生きるのはむずかしいことです。百年ばかり昔、アンドレ・ジッドは自分にむかって「すべての書物を捨てるべし」と命じながら、パリからアフリカへ旅立ちました。旅の荷は軽くなかったようです。ひそかに書物をたずさえていたからでした。ジッドのように意地を張らず、書物とともに世界を旅して、いらなくなったら捨てていけばいいのではないでしょうか。

 現代は、星の数ほどにも本の書き手が見あたります。読み手と書き手がこれほど近づきあっている時代はありません。きのうの読者が、一夜あければ著者となって、あらたな読者にめぐりあう。その読者のなかから、またあらたな著者が生まれるのです。この循環の過程で読書の質も変わっていきます。人は書き手になることで熟練の読み手になるものです。

 選書メチエはこのような時代にふさわしい書物の刊行を目指しています。

 フランス語でメチエは、経験によって身につく技術のことをいいます。道具を駆使ししておこなう仕事のことでもあります。

 いま地球の環境はますます複雑な変化を見せ、予測困難な状況が刻々あらわれています。

 そのなかで、読者それぞれの「メチエ」を活かす一助として、本選書が役立つことを願っています。

                   一九九四年二月 野間佐和子

講談社選書メチエ