足利尊氏

足利尊氏

山川 日本史小辞典(新版)2001

あしかがたかうじ(足利尊氏

  • 1305~58.4.30

室町幕府の初代将軍(1338.8.11~58.4.30)。貞氏の次男。母は上杉清子。初名高氏。法名等持院殿仁山妙義。鎌倉では長寿寺殿。従二位権大納言。贈従一位左大臣、太政大臣を追贈。1333年(元弘3)後醍醐天皇が隠岐を脱出すると鎌倉幕府の命で西上、丹波で倒幕に転じ六波羅探題を滅ぼした。建武政権でも隠然たる勢力を保持し、対立する護良(もりよし)親王を失脚させる。35年(建武2)中先代(なかせんだい)の乱で下向した鎌倉で建武政権に離反、新田義貞を破って翌年正月入京。いったんは九州へ敗走したが、湊川の戦をへて再度入京。7月光明天皇の践祚(せんそ)を実現。11月に建武式目を制定し、事実上幕府を開設した。南北朝の抗争は北朝の優位で推移したが、尊氏と弟直義(ただよし)による2頭政治の矛盾から51年(観応2・正平6)観応の擾乱が勃発、直義追討のため一時南朝へ帰降した。直義死後も関東平定に努め、53年(文和2・正平8)京都を占拠した南朝軍を排除して入京。のち九州南朝軍の権威を恐れて遠征を企てるが病没。

『日本史小辞典(新版)』山川出版社2001
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