軍編成

軍編成

大本営

 陸軍には参謀本部、海軍には軍令部があり、実際に戦争が始まると、それぞれが作戦を立て、軍隊を動かした。ただ、陸軍・海軍が勝手にべつべつの作戦を立てて動いては戦争にならない。そのため、戦時に限って両軍の軍令部門を一本化したのが大本営である。大本営が設置されると、参謀本部は「大本営陸軍部」となり、軍令部は「大本営海軍部」となる。

 大本営が初めて設けられたのは、日清戦争前の1893(明治26)年で、戦争終了をもって解散したが、日露戦争で再組織された。日露戦争終結後も解散したが、1937(昭和12)年11月以降、太平洋戦争終結寺まで存続した。

 戦況を国民に伝える大本営発表は、大本営報道部から出される。陸軍部・海軍部がそれぞれ「大本営○軍部発表」などっとして、戦いの経過や戦果の発表を行っていたが、両軍が歩調を合わせる作戦の場合は「大本営陸海軍部発表」となる。しかしこの発表は、戦争末期になると不利な戦況を伝えないばかりか、誇大な戦果を報ずるようになった。

半藤一利『太平洋戦争入門』幻冬舎

師団

 明治に生まれた日本の陸軍は、1888(明治21)年から師団制で運用されるようになった。師団は、平時における陸上兵力最大の戦略単位の呼び名で、様々な戦術・部隊の運用に適応できるよう、歩兵部隊のほか、砲兵、騎兵、補給・輸送を担当する輜重兵などから構成されている。

 師団の中心となるのが、4個の歩兵連隊であった。この歩兵連隊を2個ずつに分けて、それぞれを旅団とした。平時の1個歩兵連隊の人数は1500人前後だったから、1個師団には約6000人の歩兵がいたことになる。この原則のほかに所属する部隊は、師団ごとに異なっていた。

 この師団形態の原則は、日中戦争の開戦とともに変化する。新しい師団を編成するために1個師団の歩兵連隊の数を3個に減らし、旅団制は廃止されたのである。この時代の師団は、三単位師団と呼ばれる。

 歩兵連隊は沖縄を除く各県に最低1個ずつ配置され、兵士・下士官は現地出身者で固められていた。各連隊は地元の人びととの交流を持ち、郷土の期待を背負って出征していった。

半藤一利『太平洋戦争入門』幻冬舎
日本の師団(1888年創設当時)
  • 師団
    • 歩兵旅団(2)
      • 歩兵連隊(2)
        • 大隊(3)
    • 騎兵大隊
      • 中隊(2)
    • 砲兵連隊(2)
      • 大隊(3)
    • 工兵大隊
      • 中隊(2)
      • 大架橋縦列
      • 小架橋縦列
    • 弾薬縦列大隊
      • 歩兵弾薬縦列(2)
      • 砲兵弾薬縦列(3)
    • 輜重隊大隊
      • 糧食縦列(5)
      • 馬廠
    • 衛生隊
      • 担架中隊
    • 野戦病院(7)
    • 野戦電信隊

指揮官

陸軍の階級と指揮官

戦時に編制

大将総軍
中将方面軍
中将

常時から編成

中将師団1.2万~2.4万人2個
少将旅団6000~1万人3、4個砲兵、歩兵連隊含む
大佐連隊2000~3000人3、4個
少佐大隊800~1200人3、4個
中尉、大尉中隊180~220人3、4個
少尉小隊50~60人3、4個
軍曹分隊50~60人3、4個
軍隊の階級

陸軍

  • 将校
    • 陸軍大将
    • 陸軍中将
    • 陸軍少将
    • 陸軍大佐
    • 陸軍中佐
    • 陸軍少佐
    • 陸軍大尉
    • 陸軍中尉
    • 陸軍少尉
  •  
    • 陸軍准尉
  • 下士官
    • 陸軍曹長
    • 陸軍軍曹
    • 陸軍伍長
    • 陸軍兵長
    • 陸軍上等兵
    • 陸軍一等兵
    • 陸軍二等兵

海軍

  • 将校
    • 海軍大将
    • 海軍中将
    • 海軍少将
    • 海軍大佐
    • 海軍中佐
    • 海軍少佐
    • 海軍大尉
    • 海軍中尉
    • 海軍少尉
  • 特務士官
    • (特務士官たる)海軍大尉
    • (特務士官たる)海軍中尉
    • (特務士官たる)海軍少尉
  • 准士官
    • 海軍兵曹長
  • 下士官
    • 海軍上等兵曹
    • 海軍一等兵曹
    • 海軍二等兵曹
    • 海軍水兵長
    • 海軍上等水兵
    • 海軍一等水兵
    • 海軍二等水兵

知識ゼロからの太平洋戦争入門

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