革命児サパタ略年表

革命児サパタ略年表

エミリアーノサパタとその時代

西暦おもな事項
187908-8 モレロス州アネネクイルコ村で生まれる。
19062712-15 サパタ、トーレス=ブルゴス教師と出会う。
1909291-15 モレロス州知事マヌエル・アラルコンが病死し、次の州知事をめぐる選挙活動が活発となる。
  2-1 サパタも参加するレイバ派自由クラブがクアウトラで発足する。
  3-15 サパタら、クアウトラで暴動を起こす。
 309- サパタ、アネネクイルコ村長に選ばれる。
1910302-11 村長となったサパタ、陸軍に徴兵される(有力な知人の画策で3月29日に除隊となる)。
  4-4 サパタ、トーレス=ブルゴスの死によってモレロス州マデロ運動のリーダーとなる。
 3112- 武装農民を率いて土地を武力で取り戻す。
1911316-7 マデロ、メキシコに到着し、サパタを含むマデロ運動のリーダーたちと会談する。
 328-18 サパタ、モレロス州に出向いたマデロとクアウトラで会談する。
  11-28 サパタ、「アラヤ綱領」を発表。マデロ大統領と決別する。
1913332-18 マデロ、暗殺される。
1914343- サパタ軍、ゲレロ州都チルバンシンゴを占拠する。
  4- サパタら南部解放軍を結成し、サパタが司令官となる。
359- サパタ、カランサ立憲革命派と決別する。
  10- アグアスカリエンテス会議でサパタの代理人アントニオ・ディアス=ソト=イ=ガーマが農地改革を主張
  12-4 サパタ、ビリャとソチミルコで会見する。
1915356- 軍事拠点をトラルティサバンからトチミルコへ移す。
 368- 立憲革命派の軍事攻勢でサパタ軍弱体化し、内部分裂する。
  9-15 サパタ南部革命軍モレロス州政府、「自治体の自由についての一般法」を発表する。
  10- 会議派政府分裂し、農業大臣パラフォックスのもとでクエルナバーカに会議派政府をおく。
  10-26 パラフォックス会議派政府農業大臣、クエルナバーカで農地法を発表する。
19163710- サパタ軍、戦略を変更してメキシコ市を攻撃する。
  11- サパタ南部革命軍、数カ所で鉄道を爆破し、州内各地で優勢に転じる。
  11- カランサ政府軍がモレロス州から撤退。サパタ軍モレロス州を取り戻す。
1917375- 裏切ったモンターニョを処刑する。
 3811- モレロス州でチブス・マラリア・赤痢が蔓延する。
1919394-10 サパタ、連邦政府軍のグアハルド大佐による陰謀でチナメカ農園で壮絶な死をとげる。
 4012- サパタ陣営の諸勢力が大赦を条件として連邦政府軍に投稿する。
『国本伊代『ビリャとサパタ』世界史リブレット人075 山川出版社