B-29

B-29

巨大な軍用機B-29


 だが、そうだとしても――あるいは、そうだとするとなおのこと――ここで疑問が生じる。一九四五年三月十日未明の東京大空襲に代表される対日都市爆撃は、アメリカ航空軍がそれまで重視してきたはずの規範や信条とは相容れない点を多分に含んでいたからである。

 この問題に関連して、E・バートレット・カーの優れたノンフィクション『東京炎上』(一九九一、邦訳『東京大空襲』)は、もともと昼間精密爆撃を旨としていたアメリカ航空軍がどのようにして夜間の絨毯爆撃という正反対の考え方にたどりついたのかについて興味深い説明をしている。それによると戦略転換の背景は新兵器の開発、前線における戦術の転換、そして指揮官の個人的資質、という三つの要素がからみ合った状況があったという。このうち新兵器が第二次世界大戦の歴史的なイメージの象徴とも言うべきB-29「超空の要塞(スーパーフォートレス)」爆撃機とM69焼夷弾のふたつである。そこでまずは爆撃機の話から始めよう。

 B-52「成層圏要塞(ストラトフォートレス)」爆撃機やボーイング747ジャンボ旅客機を見なれた今日でこそさほど感じないものの、B-29は過去のいかなる軍用機よりも巨大で、それまでの主力機であるB-17爆撃機とも桁違いの大型爆撃機だった。なにしろ両翼長一四一フィート強(約四四メートル)、全長九九フィート(約三〇・二メートル)という外形サイズだけでもB-17のおよそ一・四倍に当たり、特に全幅はボーイング737やエアバスA320よりも大きい。操縦士、副操縦士とはべつに専門の航空機関士が搭乗する最初の航空機であると同時に、航法士、爆撃士、無線士、レーダー手など搭乗員は合計一一名。将校らおよそ半数が前部に乗り、中央部におよそ五〇〇〇ポンド(二・二六トン)の爆弾が搭載され、残りの下士官が後部と尾部にそれぞれ分かれて乗り組むという構成を見ただけでも、この新型機がパイロット個人の技倆に頼るそれまでの航空戦の常識とは違って、厳密に縦割りされた組織力を訓練して運航されるものであるものであることがわかる。

 また三万フィート(九〇〇〇メートル)以上の高々度に達するため内部の気圧を一定にする与圧装置を組みこんだ機体は、20ミリ機関砲と12・7ミリ機関銃の合計十三挺を装備するというものものしさだったが、これらの火器はコンピュータ照準機と連携するかたちで制御され、従来ならすさまじい衝撃と火薬の破裂音に耐えて機銃を操っていた射手は、一変して無人の機銃座に指令を送るオペレータ業務に徹することになったのである。

 加えて従来の航空機なら、B-17爆撃機でさえ乗組員たちはほとんどの体験を共有することができたが、B-29になると会話はすべてインターカムを通じたものになり、しかも各員が巨大な機体のあちこちに縛りつけられた具合になったため、戦闘直後の会話ではみんながてんでに自分の体験を披露し合う羽目になったという。特に航空機関士、無線士、航法士、レーダー手の席には窓もなく、ひたすら計器類を前にする航空機械の部品となっていた。戦争の機械化と無人化――つまりロボット化――は現代の戦争テクノロジーがめざしてやまないところだが、その最初の具体的な表われのひとつはこのB-29の開発にあるといってもよいだろう。

生井英考『空の帝国 アメリカの20世紀』興亡の世界史19 講談社

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