No synthesizers

No synthesizers

1 戦慄の王女 QUEEN
戦慄の王女

戦慄の王女

QUEEN are FREDDIE MERCURY(vocals, piano),BRIAN MAY(guitars, piano, vocals),DEACON JOHN(bass guitar),ROGER MEDDOWS TAYLOR(percussion, vocals).representing at last something of what Queenmusic has been over the last three years, this album was prodused by JOHN ANTHONY, ROY BAKER and QUEEN at Trident Studios, London for Neptune Productions, and engineered by Roy Baker, Mike Stone, Ted Sharpe, Dave Henstschel.(The Night Comes Down recorded by Louie Austin at De Lane Lea Studios.)Our warmest thanks to Mary Lewes, Terry Yeadon, Dave Siddlell, Louie Austin, Ken Testi, Peter Edomonds, Michky Russell, John Anthony, Ronnie Beck, Jack Nelson, Maureen Scully, Norman and Barry Sheffield and all the Trident People. Queen's equipment supervised by JOHN HARRIS. Queen's photographer Douglas Puddifoot; cover design Douglas, Freddie and Brian ... and nobody played synthesizer.

クイーン『戦慄の王女』東芝EMI

☆データ

《リリース》

1973年7月13日(UK)

1973年9月4日(USA)

《プロデュース》

ジョン・アンソニー、ロイ・トーマス・ベイカー&クイーン

※ただし、「ザ・ナイト・カムズ・ダウン」のみルイ・オースティン

《エンジニア》

ロイ・トーマス・ベイカー、マイク・ストーン、テッド・シャープ、デイヴ・ヘンチェル

《レコーディング》

トライデント・スタジオ

※ただし、「ザ・ナイト・カムズ・ダウン」のみデ・レーン・リー・スタジオ

1972年2月~1973年4月

《ジャケット・コンセプト》

クイーン&ダグラス・パディフット

※レコード盤の裏ジャケットのコラージュ写真はクイーン自身の手による。彼等は当時契約したばかりのパブリシティ・マン、トニー・ブレインズビーのオフィスにいきなりポラロイドカメラを持ち込み、「プロモーションにはこの写真を使って欲しい」と要求した。クイーンは自分たちのヴィジュアルなイメージを初めからきちんと持っていた、という事だが、それは彼等が成功を収めたと分かっている今だから言える事であって、デビュー前の新人がやるにしては実際随分と小生意気な所作だったかもしれない。

《写真》

ダグラス・パディフット

《コメント》

”Nobody Played Synthesizer”(だれもシンセサイザーは演奏しなかった)

《チャート》

18週チャート・イン、最高位24位、ゴールド・ディスク(UK)

9週チャート・イン、最高位83位、ゴールド・ディスク(USA)

※本文中のリリース日付、チャート等はUK国内でのもの。

 河井美穂

クイーン『戦慄の王女』東芝EMI

2 クイーンⅡ QUEENⅡ

クイーンII

クイーンII

☆データ

《リリース》

1974年3月8日(UK)

1974年4月9日(USA)

《プロデュース》

ロビン・ジェフリー・ケイプル、ロイ・トーマス・ベイカー&クイーン

《エンジニア》

マイク・ストーン

《レコーディング》

トライデント・スタジオ(イギリス)

1973年8月

《ジャケット・コンセプト》

ミック・ロック&クイーン

※ジャケット写真はサイド・ブラックのイメージで黒一色、(レコードでは)折り返しの内側の写真はサイド・ホワイトのイメージで白一色のコスチュームで、アルバムのトータル性を更に際立たせている。「成り切って」いるメンバーの一生懸命さがほほえましい。いくらかキッチュな「戦慄の王女」に比べシンプルな色彩が逆に派手な印象。

《アート・ディレクション、写真》

ミック・ロック

《コメント》

”...And Nobody Played Synthesizer... Again”

(誰もシンセサイザーは弾いていない…またしても)

《チャート》

29週チャート・イン、最高5位、ゴールド・ディスク(UK)

13週チャート・イン、最高49位、ゴールド・ディスク(USA)

※本文中のリリース日付、チャート等はUK国内でのもの。

 河井美穂

クイーン『クイーンⅡ』東芝EMI

3 シアーハートアタック SHEER HEART ATTACK
Sheer Heart Attack

Sheer Heart Attack

Photography by Mick Rock ・ Sleeve concept by Queen ・ No synthesizers

クイーン『シアーハートアタック』東芝EMI

☆データ

《リリース》

1974年11月8日(UK)

1974年11月12日(USA)

《プロデュース》

ロイ・トーマス・ベイカー&クイーン

《エンジニア》

マイク・ストーン

《レコーディング》

トライデント、ウェセックス、ロックフィールド&エア・スタジオ(イギリス)

1974年7月~9月

《ジャケット・コンセプト》

クイーン

※なお「グリースを塗りたくって床に転がり、水を引っ被る」アイデアはフレディのもの、とのこと。ジャケット上部を指さすロジャーの左手は、ダ・ヴィンチの「聖ヨハネ」を思わせ、暗示的。

《アート・ディレクション、写真》

ミック・ロック

《コメント》

No Synthesizers”(シンセサイザーは使っていない)

《チャート》

42週チャート・イン、最高位2位、ゴールド・ディスク(UK)

32週チャート・イン、最高位12位、ゴールド・ディスク(USA)

※本文中のリリース日付、チャート等はUK国内でのもの。

 河井美穂

クイーン『シアーハートアタック』東芝EMI

4 オペラ座の夜 A Night At The Opera
オペラ座の夜(紙ジャケット仕様)

オペラ座の夜(紙ジャケット仕様)

No Synthesizers!

Original Sound Recordings Made by Queen in 1974

クイーン『オペラ座の夜』東芝EMI

☆データ

《リリース》

1975年11月21日(UK)

1975年12月2日(USA)

《プロデュース》

ロイ・トーマス・ベイカー&クイーン

《エンジニア》

マイク・ストーン

《レコーディング》

サーム、ラウンドハウス、オリンピック、ロックフィールド、スコーピオ&ランスドーン・スタジオ(イギリス)

1975年8月~11月

《ジャケット・コンセプト》

フレディ・マーキュリー

※図柄のライオンはクイーンの2人の獅子座生まれ、ジョン(1951年8月19日生)とロジャー(1949年7月26日生)を、カニは巨蟹座のブライアン(1947年7月19日生)を、妖精は乙女座生まれのフレディ(1946年9月5日生)を表す。なおフレディ自身は、「別に星占いは信じてない」とのこと。

《アート・ディレクション》

デヴィット・コスタ

《コメント》

No Synthesizers!”(シンセサイザーは使っていない!)

《チャート》

50週チャート・イン、最高位1位、プラチナ・ディスク(UK)

56週チャート・イン、最高位4位、ゴールド・ディスク(USA)

※本文中のリリース日付、チャート等はUK国内でのもの。

 河井美穂

クイーン『オペラ座の夜』東芝EMI

5 華麗なるレース A Day At The Race
華麗なるレース

華麗なるレース

No Synths!

クイーン『華麗なるレース』東芝EMI

☆データ

《リリース》

1976年12月10日(UK)

1976年12月18日(USA)

《プロデュース》

クイーン

《エンジニア》

マイク・ストーン

《レコーディング》

マナー、ウェセックス&サーム・スタジオ(イギリス)

1976年7月~11月

《ジャケット・コンセプト》

フレディ・マーキュリー

※前作「オペラ座の夜」と同じく、4人のメンバーの生まれ星座がモチーフに使われている。足元の草の模様はどことなく日本的だ。裏ジャケットはレースを始めようとしているところだろう、とは前に書いたが、なんとなくジャケット撮影が終わった獅子達が、談笑などしながら家路を急いでいるようにも見えておかしい。何といっても蟹が強引でいい。

《アート・ディレクション》

デヴィット・コスタ

《コメント》

”No Synths!”(シンセは使っていない!)

《チャート》

24週チャート・イン、最高位1位、ゴールド・ディスク(UK)

19週チャート・イン、最高位5位、ゴールド・ディスク(USA)

※本文中のリリース日付、チャート等はUK国内でのもの。

 河井美穂

クイーン『華麗なるレース』東芝EMI

6 世界に捧ぐ NEWS OF THE WORLD
世界に捧ぐ

世界に捧ぐ

☆データ

《リリース》

1977年10月28日(UK)

1977年11月1日(USA)

《プロデュース》

 クイーン&マイク・ストーン

《エンジニア》

 マイク・ストーン

《レコーディング》

 ペイジング・ストリート&ウェセックス・スタジオ(イギリス)

 1977年7月~9月

《ジャケット・コンセプト》

 ロジャー・テイラー

※77年11月のアメリカ・ツアー中、クイーンはノーフォークのクライスラー美術館でジャケット原画のアート・デザイナー、フランク・ケリー・フリーズと初めて対面した。たまたま、そこで彼の個展が開催されていた為、クイーンが表敬訪問したのである。フリーズは記念にと、4人全員に彼が25年に渡ってかかわって来たSF本の作品集を贈った。

《レイアウト・コーディネイト》

 クリーム

《チャート》

 20週チャート・イン、最高位4位、ゴールド・ディスク(UK)

 36週チャート・イン、最高位3位、プラチナ・ディスク(USA)

※本文中のリリース日付、チャート等はUK国内でのもの。

  河井美穂

クイーン『世界に捧ぐ』東芝EMI

 この作品からコメントがなくなります。



7 ジャズ JAZZ
ジャズ

ジャズ

☆データ

《リリース》

1978年11月10日(UK)

1978年11月14日(USA)

《プロデュース》

 クイーン&ロイ・トーマス・ベイカー

《エンジニア》

 ジョフ・ワークマン

《レコーディング》

 マウンテン・スタジオ(スイス)、スーパーベア・スタジオ(フランス)

 1978年7月~10月

《ジャケット・コンセプト》

 クイーン

※クイーンの全アルバム中最もシンプル、かつポップ・アート風の今回のジャケット・デザインは、前々作「華麗なるレース」の内ジャケットや、前作「世界に捧ぐ」のオリジナル・イラストへ、メンバー4人の似顔をコーディネイトしたクリームというデザイン・スタジオが引き続き担当している。ジャケット下部に一列に並ぶ小さな自転車の女の子達は、よく見るとちゃんと(?)トップレスなのがおかしい。

《チャート》

 27週チャート・イン、最高位2位、ゴールド・ディスク(UK)

 17週チャート・イン、最高位6位、プラチナ・ディスク(USA)

※本文中のリリース日付、チャート等はUK国内でのもの。

  河井美穂

クイーン『ジャズ』東芝EMI

 そして堂々の

8 ザ・ゲーム THE GAME
ザ・ゲーム

ザ・ゲーム

This Album includes the first appearance of a synthesizer

(an Oberheim OBX) on a Queen album

クイーン『ザ・ゲーム』東芝EMI

☆データ

《リリース》

1980年6月30日(UK・USA共)

《プロデュース》

クイーン&マック

《エンジニア》

マック

《レコーディング》

マウンテン・スタジオ(スイス)

1979年6~7月

ミュージックランド・スタジオ(ドイツ)

1980年2~5月

《ジャケット・コンセプト》

クイーン

※ジャケットの写真はおそらく、一番早いシングル、「愛という名の欲望」のプロモーション・ビデオ撮影時に撮ったもの。フレディのシャツがまだ無事なところを見ると、撮影前だろう。思いっきりの(ブライアンですら、彼にしては)短髪に黒の革ジャンのハード路線にファンは吹っ飛んだが、銀色のアルバム・ジャケットは写真を使ったクイーンの全アルバム・カバーのなかでもかなりカッコ良い部類。この後、マーキュリー氏がさらに二段構えの変容を遂げるとは、この時点ではまだ誰も知らない。

《デザイン》

クリーム

《コメント》

”This album includes the first appearance of a synthesizer (an Oberheim OBX) on a Queen album”

(このアルバムはクイーンのアルバムで初めてシンセサイザーを使っている)

《チャート》

18週チャート・イン、最高位1位、ゴールド・ディスク(UK)

43週チャート・イン、最高位1位、プラチナ・ディスク(USA)

※本文中のリリース日付、チャート等はUK国内でのもの。

 河井美穂

クイーン『ザ・ゲーム』東芝EMI
☆「ザ・ゲーム」

This album includes the first appearance of a synthesizer on a Queen album.

 そんじょそこらのバンドなら、シンセを使おうが使うまいがご自由に、と思うところである。が、このクレジットを掲げたのが、過去執拗なまでに"No synthe"にこだわったクイーンだからこそ、感慨も深い。

 クイーンの80年代は、こうしてスタイルの一蹴から始まった。やるなら徹底的に、がクイーンの身上である。アルバム「ザ・ゲーム」は、例えば「クイーンといえば○○」をことごとく引っ繰り返したアルバムであるといえる。クイーンといえば大作主義、クイーンと言えば重厚なコーラス、クイーンといえば大仰、複雑な曲展開、クイーンといえばNo synthe…(ついでに外観まで劇的変容を遂げてしまったフレディ先生は、さすがに半端なことはしないお方である)。もちろんそれは、根底にしっかりとした実力、才能の核を持っているからこそ成せる事であって、そうでなければ築きあげたスタイルの変化はただ混乱を生み、バンドの空中分裂を招きかねないだろう。前作のライヴ盤、「ライヴ・キラーズ」がデビュー以来の「そこまでのクイーン」の一区切りであるとするなら、常に前向きに成長、変容を続けるクイーンにとって、ある意味ではまさに「今しかない」ような絶妙のタイミングでのシンセサイザー導入であり、その事実を事実以上に効果的に流布することにも成功した。後期クイーンのシンセ慣れした自然さとは違って、まだ「ここでシンセ使ってます」的使い方なのも、その意味では「効果的」の同義かもしれない。

クイーン『ザ・ゲーム』東芝EMI