What sort of 'nese

What sort of 'nese

 天心が弟子の横山大観らとボストンの街を歩いていたとき、一人の若者に声をかけられた。'What sort of 'nese are you people? Are you Chinese, or Japanese, or Jvanese?'(「おまえたちは何ニーズだ? チャイニーズか、ジャパニーズか、それともジャヴァニーズ〈ジャワ人〉か。」)さあ、これに対してどう答えるか。もちろん、答えないのも一法である。

 ヒント。これは東洋に対する偏見に満ちた侮蔑的な台詞である。ひとつうまい切り返しでギャフンと言わせてやりたい。

 それでは、この逸話の後半部を(おそらく並の日本人では絶対に考えつかない)解答例として紹介しよう。ボストンの街を横山大観らと歩いていて実際にこの質問を受けたとき、天心はどうしたか。くるりと質問者のほうを向いて、次のように答えたのである。'We are Japanese gentlemen. But what kind of 'key are you? Are you a Yankee, or a donkey, or a monkey?'(「我々は日本人紳士だよ。ところで、あんたこそ何キーなんだい? ヤンキーか、ドンキー〈ろば、馬鹿者〉か、それともモンキーか。」)まさに返し技で一本とった感じだ。

 このやり取りの一部始終を見ていた大観は、よほど胸のすく思いをしたのだろう、のちにこの逸話を好んで語ったという。

斎藤兆史著『英語達人列伝』中公新書

 一九〇四年、天心はボストン美術館からの招聘をうけ、大観、春草、紫水を伴って渡米、ビゲローに歓迎され、さらに米国人画家ジョン・ラ・ファージ、ボストンの裕福な美術収集家イザベラ・ガードナーと信仰を結ぶ。

 この米国滞在中、天心はボストン美術館の美術品の整理、大観、春草、紫水の作品展の開催をはじめ、充実した活動を行った。

 セントルイス万国博覧会では、「絵画における近代的諸問題」と題する講演を行った。『父天心』によれば、「講演者が日本固有の服装で演壇に現はれ、頗る流調な英語で、大胆且つ率直に、この興味ある問題を解剖し去つたので、俄然人気の中心となつてしまつた」という。

 日本固有の服装とは、もちろん羽織・袴のことだが、天心がこの出で立ちで米国人の前に現われたのはこれがはじめてではない。それどころか、天心一行はこのスタイルで米国を闊歩していたのだ。

 羽織・袴でボストンの街を歩けば、注目の的になるに決まっている。米国人からすれば、冷やかしの言葉の一つも掛けたくなるだろう。実を言えば、「おまえたちは何ニーズだ?」の問いは、このとき飛んできたものである。日本美術院を創立して意気上がり、さらにインド旅行によって「東洋の理想」に目覚めた彼が黙っているわけはない。

 ところで、外国における天心の和服着用が英語に関する特別な信念に基づいていたことは、『父天心』が伝えているとおりである。


 彼[天心]が私どもに語り聞かせたところでは、「おいらは第一回の洋行の時から、殆ど欧米を和服で通つてゐる。お前達もせめて英語が滑らかに喋れる自信がついたならば、海外の旅行に日本服を用ひた方がいいことを教へて置く。しかし破調の語学で和服を着て歩くことは、甚だ賛成し難い。」と、口癖のやうに言つてゐた。


 逆説的な教訓だが、英語を完全に習得してこそ、日本人としての文化的独自性を保ちつつ、日本文化を正しく伝えることができるということではあるまいか。

 天心が自分の名前を英語で表記する際、OKAKURA KAKUZO(本名の「岡倉覚三」の英語表記)という具合に、姓名の順序で押し通したのも、おそらく同様の信念に基づいたものだろう。

 余談になるが、僕自身、姓名をひっくり返す日本名の英語表記には以前から抵抗を感じており、書式上やむを得ぬ場合を除いて姓名の順序で表記することにしている。ただし、従来の逆転表記との混乱が生じないよう、とりあえずの移行措置として、英語文献目録の一つの書式を改良し、SAITO Yoshifumi と表記するなどの工夫をしている。

斎藤兆史著『英語達人列伝』中公新書
英語達人列伝―あっぱれ、日本人の英語 (中公新書)

英語達人列伝―あっぱれ、日本人の英語 (中公新書)