蜀犬 日に吠ゆ

1854-01-06

[][]一月六日 はてなブックマーク - 一月六日 - 蜀犬 日に吠ゆ

 それはヘンリー・ダヴィッド・ソローが、『ウォールデン、森の生活』を書いた年であった。また共和党が、米国ウィスコンシン州のライポンで結成された年でもあった。

 同時にその年は、ローマ・カトリック教会が聖母マリアの無原罪の御孕り(訳注一―1*1)の教義を信仰箇条と認めた年でもあった。

『世界年鑑』の一八五四年(注一―一*2)の項を見ると、これらのできごとが重要事項としてあげられている。

 ところがいうまでもなく、この年鑑はいちばん大事なことを載せ忘れてしまっている。一八五四年、一月六日金曜日の明け方に、サイガー・ホームズとヴァイオレット・ホームズ夫妻の三男、末子が生まれたのだ。場所は、イングランドのヨークシア州北ライディングのマイクロフト農場(注一―二*3)であった。北ライディングは、馬の飼育場と、風の吹きすさぶ丘(ワーザリング・ハイツ)(エミリー・ブロンテの『嵐が丘』の舞台)で、有名なところである。

W・S・ベアリング・グールド著小林司・東山あかね訳『シャーロック・ホームズ ガス灯に浮かぶその生涯』河出文庫

*1:「無原罪の御孕り」とは聖母マリアがキリストを身ごもった瞬間から原罪を免れていたこと。原罪とは全人類が、アダムとイヴが犯した罪の結果として神の恩寵を喪失している状態。

*2:一八五四年は英国の戦争史上でも、もっとも輝かしい一ページの一つである軽旅団の突撃が行われた年である。すなわち、クリミア戦争で戦っていた英国軽騎兵旅団の隊員六百七十名が、包囲攻撃を受けていたセバストポールから十二キロ離れた地点のバラクラヴァで重装備のロシア砲兵隊を攻撃したのであった。

*3:「我が農場(マイ・クロフト)」と、ホームズ家の大昔の先祖がかつて叫んだことがあって、これ以来ホームズの家と農場は「マイクロフト」と呼ばれることになった。さらにこの農場の名称はサイガー・ホームズの兄と、サイガー・ホームズの次男の名前ともなった。