蜀犬 日に吠ゆ

1901-01-07

[][]一月七日 われわれを侮蔑するすべての者をゆるしてやれとの教え はてなブックマーク - 一月七日 われわれを侮蔑するすべての者をゆるしてやれとの教え - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

一月七日

 われわれを侮蔑するすべての者をゆるしてやれとの教えは、疑いもなく、われらの主の言葉と行いとによって保証されたことだが、われわれみずからの経験によってもまたその正しさが確かめられる。つまり、執念深い憎しみは内的生活をむしばみ、憎しみの相手よりも憎しみをいだく当人の心を害(そこな)うものである。

 けれども、時には、即座にすっかりゆるすことが困難なこともある。しかし、「ゆるすことはできるが、忘れることはできない」とか、「願わくば、神があなたをおゆるし下さるように」というような言い草で、中途はんぱな偽善的なゆるし方をするのは、心のけだかい人にふさわしくないし、そんなことをおだやかに受け入れたまわぬ神を冒瀆するものである。

 こういう場合は、少なくともしばらく、復讐をやめて、神におまかせする方がずっとよい。そうすれば、それだけの理由があるかぎり、神はまちがいなく、ちょうど適当な時期にそれをなしとげてくださる。人間にはこの方が辛抱しやすい。そして、傷つけられた感情も、報復の計画などで煽られなければ、時がたつにつれて、また神の恵みによって、しだいに宥められるものである。

 ヘブル人への手紙一〇の三〇・三一、申命記三二の三五、詩篇三七および七三、イザヤ書四六の一一、四九の二三、五五の一七、六〇の一四、エレミヤ書一一の二〇。


 たとえ心のなかだけでも、決して人といさかいをしてはならない。これは往々、実際の争いよりもかえって心を不愉快にし、いろいろな内的不安の原因ともなる。ユダヤの格言にある通り、とりわけ「自分の愛する者を怒るのは、頭上に狂気の種子をまくことである。」


   裁くな

  悪い人たちをすてておけ、争いはやめよ。

  おまえに任せられないことをすてておけ。

  神がだれの改心を望んでいられるか、

  その救いのみこころはおまえにはわからない。


  神が悪人らを助けようとされなければ、

  それでおまえには十分ではないか。

  かれらは恵みに浴することのない

  重い鎖を引きずっているではないか。


  幸福のほのあかりのなかにあっても

  かれらはつねに不幸の不安におびえ、

  その頭の上にはたえず

  裁きの剣がかかっているのが見える。


  悪人らを正しい裁き主にゆだねて、

  惑うことなくおまえの道を行くがよい。

  神は、日常平凡な思想をいだく

  当世の詩人のたぐいではない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第一部 岩波文庫