蜀犬 日に吠ゆ

1901-01-09

[][]一月九日 善人がなぜこんなに多くの苦しみを はてなブックマーク - 一月九日 善人がなぜこんなに多くの苦しみを - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

一月九日

 アモス書三の二*1は、善人がなぜこんなに多くの苦しみを受けねばならないかという問題についての大変よい説明をふくんでいる。実際、善人の苦難はそのように考えなければ説明がつかず、多くの人びとに神の義を疑わせることとなろう。


 「正しい者は多く苦しまねばならぬ。しかし主はすべてその中から助け出される」(詩篇第三四の一九)。これはすでに数千年も前に語られた言葉であるが、善人はこの世で何を覚悟しなければならないかを、ごく簡潔に述べている。彼らは多く苦しまねばならない。他の道では、彼らが到るべきまことの善に達しえないのである。彼らがたえずこの苦難を避けて、多くこの世の子らに見受けられる、あるいは少なくとも見受けられると思い誤られているような、安楽な生活を営みたいと願うならば、そこから、善人たちのすべての誤謬と間違った道と、真に困難な運命とが生じてくる。これこそ、彼らが完全に脱却しなければならない誤りである。多くの苦しみを受けること、これは避けられないものだ。だから、甘んじてそれに従いなさい、そしてできるだけ早く、できるだけ完全に心を落ちつかせなさい。その時はじめて、あなたは完成へ到るまっすぐな道を進んでいるのである。

 ヨハネ黙示録三の一九、ヘブル人への手紙一二の六、箴言三の一二、コリント人への第一の手紙一一の三二、詩篇七一の二〇、七三の二六、九七の一一、一一二の七。

 慰めは苦しみのすぐかたわらにある。これは、神が、ほかのだれよりも、このようなみずから進んで苦しみを堪え忍ぶ人びとのそば近くにいられるということである。そこで、彼らには苦難そのものが実に甘美な、堪えやすいものとなるばかりでなく、すべてのことがよい結末を得るのである。

 このような慰めがなければ、だれもあの「狭い道」を歩みえないであろう。すでに多くの人が大きな苦しみのなかにありながら、この慰めを得て幸福であった。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第一部 岩波文庫

*1:「地のもろもろのやからのうちで、わたしはただ、あなたがただけを知った。それゆえ、わたしはあなたがたのもろもろの罪のため、あなたがたを罰する。」