蜀犬 日に吠ゆ

1901-02-04

[][]二月四日 この世には、愛はほんのわずかで はてなブックマーク - 二月四日 この世には、愛はほんのわずかで - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

二月四日

 この世には、愛はほんのわずかで、エゴイズムばかりが多すぎる、だからわれわれはこのあわれむべき人間を見すてて、彼等を軽蔑したいのだ、とペシミストは言う。

 この言葉の前半はたしかに正しいが、結論はそうでない。少なくともわれわれは、だからこそ、世の中にできるだけ愛をふやし、エゴイズムを減らしたいのである。

 しかし、次のことは絶対に確信してもらいたい。すなわち、もしあなたが、なにものにもまして神を愛し、またすべての被造物を自明のこととしてやさしく愛するような、これまでと別の心が与えられないならば、あなたが宗教やヒューマニティや人間愛について語ることは、すべて空しいお喋りにすぎない。それよりも、人間の本性を自然のままのエゴイズムだと考える唯物論の方が、あなたにとっては、真理により忠実な思想体系となるであろう、あなたが教会の教えどおりに考えるかどうかにかかわりなく。このような「別の心」だけがよくエゴイズムにうち勝つ力を持つが、これはだれにも生まれつき与えられているものではなく、また、経験によれば、思考や意志のどんな努力をかさねても、得られるものでもない。このことこそ、なにほどかの人間知や人生経験を持っていながら、なぜわれわれが人間の外に存在する力による解放や「救済」を仰がねばならぬかということの理由である。実際、このような救いについては、旧約聖書のなかにも、すでにしばしば約束されているのである。

 イザヤ書四八の一〇、六五の一七―二四、六六の一二―一四、エレミヤ書二四の七、三一の一―一四・三三、エゼキエル書一一の一九・二〇、三六の二六。

 あなたがこのことをすでに経験しているのでなければ、だれもあなたにそれを説明することはできない。しかし、それを経験することはすべての人にできるのである。

 インドの金言はたしかに次のようにいっている、「無知の半分は、思想を自由に交換することで退治される。残りの半分は哲理の応用で追いはらえる。それでも残ったものは自省の光によって消えうせる」(『ヨガ・バシシュタ』)。よかったら、それをためしてみなさい。しかし前もって言っておくが、このやり方では、なお依然としてかなり強い不満があなたに残るであろう。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第一部 岩波文庫