蜀犬 日に吠ゆ

1901-03-16

[][]三月十六日 信仰は、それ自体 はてなブックマーク - 三月十六日 信仰は、それ自体 - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

 信仰は、それ自体すでに一つの幸福である。あるものをやがて手に入れることができるという十分な確信は、観賞している樹の花のようなものであって、あとで手にとって食べる果実よりも、真に人間の心の理想的要求にかなうものである。

 このような信仰の幸福は、未来において考えられる一切の幸福にくらべても、やはりそれに劣らぬ地上生活の美しさであるさきの世では、こうした幸福はなくなるであろう。後悔の嘆きは天国にふさわしくないので、それを後の日にしないためにも、いつかはこの幸福を味わっておかねばならない。

 「きみがいまこの瞬間から追い払ったものは、決して永遠もつれ戻してはくれぬ。」(シラーの詩『諦念』より)


 あらゆる幸福感のなかでも最も美しい瞬間は、所有の瞬間ではなくて、それに先立つ瞬間、すなわち、願望の実現が近づいて、すでに確実に見えはじめる時である。これを最もたくみに言い表しているのはイフィゲーニエの美しい独白(モノローグ)である、「最も大いなる父(主神ゼウス)のとりわけ美しい娘である『成就』よ、こうしておんみはついに私のところに降りてくる。」(ゲーテ『イフィゲーニエ』第三幕一場)。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第一部 岩波文庫