蜀犬 日に吠ゆ

1901-08-17

[][]八月十七日 つねに安息がある はてなブックマーク - 八月十七日 つねに安息がある - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

八月十七日

 「ヘブル人への手紙」四の九*1について。実際、今日のような騒がしい、全般的に落着きのない時代においても、そのような人びと(神の民)には、つねに安息がある。しかし彼らにとっても、働いたり務めに従ったりするように定められているときには、安息は与えられない。そんな場合に、時ならぬ休息をのぞんだりすると、かえって心の安らぎを失い、そればかりか、ときには、最高かつ最善の事を怠るようになる。

 ルカによる福音書二二の四六*2

 およそ安息は神から贈られたものでなくてはならない。あなたが勝手に安息を取ってはいけない。老年においても、さらに病気のときでもそうである。しかし、一般に命じられており、たいてい今日ではだれにでも許されている休息、すなわち、夜半前からの眠りと日曜日とを、一貫して利用しなさい。これは、十分な休養感を得るのにたいへん役立ち、また、そのうえ神の祝福が与えられる。そうでなくて、あまり休みすぎたり楽にしすぎたりすることも、働きすぎたりあせったりするのと同様に、疲労のたねになるものだ。

 「暇な時間」や「休暇」も、何か無益なことや、それどころか時には有害なことを行うためにあるのではなく、むしろ心身のためによい事をなすためにあるのだ。人の一生は、その大部分をまったくむだに過ごすには、あまりにも短かい。よい目的も意味もない楽しみ、そればかりか、悪い結果をさえともなうような楽しみは、楽しみとはいえない。ベンジャミン・フランクリンは実にズバリとこう言っている。

 「余暇(レジャー)とは、何か有益なことをするための時間である。」

 同胞教会讃美歌六八八番。


 マルコによる福音書九の一四―二九。癲癇の子供の父が、その頃起りかけていたキリスト教(この教えは、後で述べる理由から、弟子たちの伝道ではまだ彼の父の心にあまり強く訴えなかった)に対する初めの不信にうち勝ったのち、最後に言った言葉(「信じます。不信仰なわたしをお助けください」)は、本気でそう言おうと思えば、だれにでも言える言葉である。それをも言いたくなければ、とうてい救いようがない。反対に、このわずかな信仰でもありさえすれば、神の奇跡を体験することができよう。

 しかし、これらの弟子たちに対して、さらにまた現代の多くの説教師たち――彼らはほとんどあるいは全くなすところがなく、しかもその責めを「時代の不信な精神」や「社会主義」やその他いろいろなものに負わせる――に対しても、主は彼らに何がまだ欠けているかを、はっきり告げられている。たえまない神との交わり(単に時どきではない)、すべての享楽とあらゆる種類のエゴイズムの完全な断念、これこそがあの当時と同じように現代においても、われわれ人間の内にはたらく神の力の秘密である。このことを彼ら――聖職者たち――は、まさになさねばならない。それができなければ、彼らのあらゆる活動は無益である。「この世の君」(サタン)はなおも彼らをあざ笑うであろう。そして、それが当然である。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第一部 岩波文庫

ヘブライ人への手紙

HEBREWS 4

9 それで、安息日の休みが神の民に残されているのです。

9 There remains therefore a rest for the people of God.

新共同訳『新約聖書』ギデオン協会

ルカによる福音書

LUKE 22

 オリーブ山で祈る

46 イエスは言われた。「なぜ眠っているのか。誘惑に陥らぬよう、起きて祈っていなさい。」

46 Then He said to them,"Why do you sleep? Rise and pray, lest you enter into temptation."

新共同訳『新約聖書』ギデオン協会

 マルコによる福音書

MARK 9

 汚れた霊に取りつかれた子を癒す

(マタ17 14-20,ルカ9 37-43a)

14 一同が他の弟子たちのところに来てみると、彼らは大勢の群衆に取り囲まれて、立法学者たちと議論していた。

14 and when He came to the disciples, He saw a great multitude around them, and scribes disputing with them.

15 群衆は皆、イエスを見つけて非常に驚き、駆け寄ってきて挨拶した。

15 Immediately,when they saw Him, all the people were greatly amazed, and running to Him, greeted Him.

16 イエスが、「何を議論しているのか」とお尋ねになると、

16 And He asked the scribes, "What are you discussing with them?"

17 群衆の中のあるものが答えた。「先生、息子をおそばに連れて参りました。この子は霊に取りつかれて、ものが言えません。

17 Then one of the crowd answered and said, "Teacher, I brought You my son, who has a mute spirit.

18 霊がこの子に取りつくと、所かまわず地面に引き倒すのです。するとこの子は口から泡を出し、歯ぎしりして体をこわばらせてしまいます。この霊を追い出してくださるようにお弟子たちに申しましたが、できませんでした。」

18 And wherever it seizes him, it throws him down; he foams at the mouth, gnashes his teeth, and becomes rigid. So I spoke to Your disciples, that they should cast it out, but they could not."

19 イエスはお答えになった。「なんと信仰のない時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あたながたに我慢しなければならないのか。その子をわたしのところに連れて来なさい。」

19 He answered him and said, "O faithless generation, how long shall I be with you? How long shall I bear with you? Bring him Me."

20 人々は息子をイエスのところに連れて来た。霊は、イエスを見ると、すぐにその子を引きつけさせた。その子は地面に倒れ、転び廻って泡を吹いた。

20 Then they brought him to Him. And when he saw Him, immediately the spirit convulsed him, and he fell on the ground and wallowed, foaming at the mouth.

21 イエスは父親に、「このようになったのは、いつごろからか」とお尋ねになった。父親は言った。「幼い時からです。

21 So He asked his father, "How long has this been happening to him?" And he said, "From childhood.

新共同訳『新約聖書』ギデオン協会

*1:「こういうわけで安息日の休みが、神の民のためにまだ残されているのである。」

*2:「まだ眠っているのか。誘惑に陥らないように、起きて祈っていなさい。」