蜀犬 日に吠ゆ

1901-09-03

[][]九月三日 「肉体のとげ」とか、彼を拳でうつ「サタンの使い」 はてなブックマーク - 九月三日 「肉体のとげ」とか、彼を拳でうつ「サタンの使い」 - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

 コリント人への第二の手紙一二の七―一〇*1。使徒パウロがこの箇所で彼の「肉体のとげ」とか、彼を拳でうつ「サタンの使い」と呼んでいるのは、しばしば彼を襲ってくる、そして外的原因からは説明のつかない無気力以外のなんものでもなかったであろう。このような無気力は、明らかには存在しない事柄に対する気違いじみた不安にまで高まることもあり、またしばしば差し迫った災難に対する真の予感であることもある。

 このような無気力に沈んだとき、即座に役立つ最上の慰めは――この弱さが神の命令を受けいれ進んでそれに従おうとする気持を高める場合は、その弱さが一つの強さともなりうること、また、人類の最も偉大な人びともそのっような弱さを感じたのだということを、使徒パウロとともに常に念頭におくことである。およそ、高貴な精神をもつ人間を養い育てるための教育プランには、このような弱さもまた必要なものの一つである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第一部 岩波文庫

*1:「そこで高慢にならないように、わたしの肉体に一つのとげが与えられた。それは高慢にならないように、わたしを打つサタンの使いなのである。このことについて、わたしは彼を離れ去らせて下さるようにと、三度も主に祈った。ところが主が言われた、『わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全に現れる。』それだからキリストの力がわたしに宿るように、むろん、喜んで自分の弱さを誇ろう。だから、わたしはキリストのためならば、弱さと侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。」