蜀犬 日に吠ゆ

1901-09-08

[][]九月八日 キリストの神性について はてなブックマーク - 九月八日 キリストの神性について - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

 キリストの神性について議論するのは全く無益なことである。キリストの生涯の秘密は究められないし、また究むべきではない。ルカによる福音書一〇の二二*1。三位一体ということは、それ自体理解の及ばないものであり、もしこう言いたければ、究めえないものだといってもよい。およそ三位一体とは単なる比喩であって、説明ではない。それはとにかくとして、ユニテリアニズム*2(唯一神教)や理神論は誤りであって、生ける神から人を引き離すものだ。使徒たちの見解について最も考えさせる個所は、コリント人への第一の手紙一五の二八*3である。しかし、すべてこのような定義よりもはるかに大切なのは、神やキリストについての、また、たしかにわれわれの内に宿りながらわれわれの自然の霊とはことなる善の霊についての、経験から得た内的確信である。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第一部 岩波文庫

*1:「すべての事は父からわたしに任せられています。そして子がだれであるかは、父のほか知っている者はありません。また父がだれであるかは、子と、父をあらわそうとして子が選んだ者とのほか、だれも知っている者はいません。」

*2:神の単一性を主張し、イエスの神性を否定する教義と教派。

*3:「そして万物が神に従う時は、御子自身もまた万物を従わせたそのかたに従うであろう。それが、神がすべての者にあって、すべてのものとなられるためである。」