蜀犬 日に吠ゆ

1901-10-10

[][]十月十日 「キリスト論」、これは実際奇妙な言葉で はてなブックマーク - 十月十日 「キリスト論」、これは実際奇妙な言葉で - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

 「キリスト論」、これは実際奇妙な言葉である。こういうこととは、躊躇なく縁を切るがよい。というのは、まず、かりにキリストがわれわれと同じ種類の、同じ生活条件をもった人間であるとすれば、特別なキリスト論など必要ではない。彼の生涯と事業を説明するには、よい伝記があればいいし、またそれで十分であろう。しかし、もちろんまだそのような伝記はだれも書いてはいない。それとも、彼はわれわれとは種類のちがった人であり、少なくとも、彼の前にもまた彼の後にも決してない程にまで、さらに適切にいえば決してないような仕方で、神によって霊的生命を与えられたとすれば、キリストの本性を、それともこう言ってよければその二重性(神と人間の二重性)を、説明することはまったく不可能である。

 これについてはキリストみずからが実に明確に、くり返し述べており、すべて説明にわたることをあらかじめ拒んでいる。けれども、キリストは彼の本質について誤った観念をいだく人があることを否定しなかった。この問題は、キリストに対する誠実な愛ほどに大切なことではないのである。実に、いわゆるキリスト者の極めて多くの人たちが、キリストの本性についての、さしずめ分りもしない伝来の教義に恐れをなして、キリスト教から離れてしまうのだ。

 このような教理問答の公式をあまり気にしないほうがよい、むしろキリストみずからが自分について述べていることに頼るがよい。もちろん信仰に基づいてである。というのは、いかなる時代にもそうであったように、今日でも、これ以上の説明は不可能だからである。

 マタイによる福音書五の二〇、八の二二、一一の二七、一二の三一・三二・四八―五〇、一五の七・八・一四、一七の五、二一の四二・四四、二三の九・一〇、二四の三五、二六の六三・六四、二七の四三・六三、二八の一八、マルコによる福音書三の二八・二九、一三の三一・三二、ルカによる福音書五の一七、七の二三、九の五〇・六〇、一〇の二二、一一の五二、ヨハネによる福音書二の二五、三の三六、四の二四、五の二二・三〇、六の三七・四〇・五一、七の一七・三八、八の三一・三二、九の三九、一〇の三〇・三四―三六、一一の二六、一二の四四―四六、一四の一〇―一三・二三、一五の七・二六、一七の三、一八の三七。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第一部 岩波文庫