蜀犬 日に吠ゆ

1901-10-17

[][]十月十七日 この世には多くの悲惨が はてなブックマーク - 十月十七日 この世には多くの悲惨が - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

 たしかに、この世には多くの悲惨がある。しかし正しいところに助けを求めるなら、それに対する力強い助けも少なくない。そして拒みさえしなければ、悲惨からの完き救いも最後には与えられる。

 人生の幸・不幸を決するのは、外的事情であって、内的な素因ではないと信じていることは、大多数の不幸な人たちが陥っている宿命的な誤りである。極端な例をあげると、文明国の囚人たちは、ごく単調な生活ではあるが、乏しいながらも心配なく、謙虚に、また従順に義務を果しながら暮らしており、神を信じることができるかぎり、その点ではかえって、たえまない心労に悩み、ぜひ必要なものにも事欠き、憎しみと怒りをいだいて、信仰がないためにつねに事実上神の命令に反抗し、神との交わりもなく生きなければならない多くの自由人たちよりも、まだしもましである。「神なく、主人なし」というアナーキストたちのモットーも、彼らの心理的知識の貧困を示すにすぎない。というのは、そのような状態こそ、人間の最も堪えがたいものだからである。こういう自由は、まもなく人間にとってがまんできない空虚となり、そこから逃げ出して、ふたたび他人との結合によって、なんらかの隷属状態を求めるようになる。ところがその状態は、普通の道徳的・社会的秩序による束縛よりも、しばしばはるかに苛酷なものである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第一部 岩波文庫