蜀犬 日に吠ゆ

1901-10-29

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眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

 普通、われわれが自分を知っている以上に、人びとはわれわれをよく知っているものである。一般的にいえば、利益の打算に目がくらんでいなければ、すべての人はこの点で、普通に考えられているよりもはるかに明敏に正しく判断することができる。彼らはいつも言葉にしてほめはするが、非難を口に出すとはかぎらない。こういう面で、とくに慰めとなる言葉は、箴言作者による次の保証である、「人の道が主を喜ばせる時、主はその人の敵をもその人と和らがせられる」(箴言一六の七)。しかしこれだけでは、まだ敵に対してその人を十分に護るものではない。

 なお次の聖句を参照。創世記二〇の六、二一の二二、二六の二九―三一、三一の二四、三三の四、詩篇一〇九の二九、九一の八―一三、八四の五―七・一二、七一の七、六八の一八―二〇、六六の一〇―一二、六四の七・八、六〇の一二、五七の一一。

 どんな非難や批判や反対をうけた場合でも、それにどのような正当さがあるかを十分良心的に検討して、そこから将来のための利益をひき出すようにしなければならない。しかしその他の点では、ことにこちらが完全に正しい場合は――沈黙を守らねばならない。

 新聞の攻撃の場合は、だれがその説をのべているかが、先ず第一の問題である。それを論じているのは、非個人的と考えられる「新聞」でもなければ、まして、すでに「世論」となったものでもない。むしろ、たいていの場合、特定の一人の人間にすぎず、彼の提出した見解は、まだこれから新聞の読者たちの承認を必要とするものである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第一部 岩波文庫