蜀犬 日に吠ゆ

1901-12-03

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眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

 あなたがいつか本気に聖書を読んでみようという気になったら――実際キリスト教というものを知り、その価値を学ぶには、それが最良の方法であり、いつまでもそうであろう――、先ず抜かりなく、あなた自信の弱さを、ないしは、そういうことに気乗りしない「古いアダム」のことを、念頭にいれておきなさい。そして、何か全く興味が持てないか、理解できないことに出会ったら、すぐさまそれ以上読みつづけることをやめなさい。

 聖所の各篇をのこらず知ることは、疑いもなくよいことである。しかし、その中のかなり多くのものが、勉強し始めた人びとには無意味であったり、奇異な印象を与えることは否定できない(それでもこれらの篇がない方がよいなどとは思われない)。そこでまず、福音書から読みはじめるがよい。そうすることはとりわけ大切であり、しかも誠実な人ならばだれにでも、まちがいなく深い感銘を与える。そのつぎには史書(創世記からエステル記までの諸篇)を読むがよい。古代の他の歴史書で、これに匹敵するものは一つもない。そのあとで、詩篇とヨブ記を、それから預言書を読みなさい。最後に使徒たちの手紙と使徒行伝とヨハネの黙示録を読むがよい――ここからわれわれの歴史がはじまることになる。旧約の箴言や伝道の書や雅歌は、むかしの詩や格言を集めた興味深い著作として読むことができよう。かりにこれらの言葉がブッダ(仏陀)から出たものであったり、ヴェーダ(バラモン教の根本経典)に載っていたとしても、きわめて高く称賛されるであろう。

 それはそうとして、聖書のなかのどの篇を特に好むかは、全く個人的な問題である。詩篇第三七篇と第七三篇は、「悪しき者の栄え」(詩篇七三の三)について心の惑いにおちいった時に、一番慰めになる歌である。有名な詩篇第九〇篇は、おそらく最も古い祈りであろうが、今日もなお当時と同じように新鮮で美しい。同じく第九一篇は古くからすべての戦死や勇士の愛好した歌であった。ヨハネによる福音書は、キリスト教の内的本質を最もよく表わしたものである。マルコによる福音書は、直接の証人たちの新鮮な記憶に従って書かれた、おそらく事実による最も古い物語であって、ごく簡単に記されている。しかしこの福音書の終りの箇所については、読む人が本当に誠実であれば、読者の体験で証しされた内的真理の方が、そうでなくても完全に信用できるとはかぎらないあの歴史的諸批判などよりも、はるかに大切なものである。

 とにかく、内容の豊かさと魂をゆり動かす力とにおいて、聖書にくらべうる書物は昔も今も存在しない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第一部 岩波文庫