蜀犬 日に吠ゆ

1901-12-25

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眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

 マタイによる福音書二三の三八・三九*1、列王紀上九の七―九。

 これは当時のイスラエルの民に対するさばきであった。彼らの民族的聖所から神は出て行かれた。神がいなければ、いやおうなく追ってくるさばきに対して、聖所はなんの保護も与え得なかった。霊の力がなくなり始めるやいなや、宗教上のどんな形式もなんの役にも立たない。

 しかし預言のもう一つの部分、すなわち、ユダヤ教とキリスト教がいつかふたたび同じものとなり、同じ歴史をもつようになるという預言もまた、確実に実現に近づいている(おそらく人びとが考えるよりも早く)。それまでは、キリストが欲したようなキリスト教の完成は、十分には達せられないであろう。

 申命記三〇の一―七、エレミヤ書二四の六・七、二九の一一―一四、マタイによる福音書五の一七・一八、二三の三七。

 したがって、キリストはこの民族のために(キリストみずからの言葉によれば、もっぱらこの民族のためにのみ)遣(つかわ)されたのであるから、彼らに敬意を払うよう命じられてさえいる。マタイによる福音書一五の二四。(ただ歴史上から考えれば、われわれイスラエル以外の者のためには、実はパウロが遣わされたのである。使徒行伝一六の九・一七、二三の一一、ローマ人への手紙一一の一七・一八・二五・二六。)

 かつてカインがその弟殺しのゆえに神から「しるし」を与えられたように(創世記四の九―一六)、この古い民族イスラエルも、その父祖伝来の神からたしかにしるしをつけられているが、しかしまさにそのために、神の特別な庇護をも受けている。この神のみが審判者であり、神以外のだれもが、罰せられずに、この民を迫害したり辱めたりすることは許されない。彼らへの祝福は、彼らがその信仰に忠実である限り、今日もなお特別な力を持っており、他のどんな祝福よりも大きな効果を現すものである。

 創世記一二の三、ガラテヤ人への手紙三の八・九。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第一部 岩波文庫

*1:「見よ、お前たちの家は見捨てられてしまう。わたしは言っておく、『主の御名によってきたる者に、祝福あれ』とおまえたちが言う時まで、今後ふたたび、わたしに会うことはないであろう。」