蜀犬 日に吠ゆ

1919-01-31

[][]一月三十一日 ひとりの善き人間に はてなブックマーク - 一月三十一日 ひとりの善き人間に - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 あなたはこの人生において、ひとりの善き人間になるべきである。つねに善き霊の励ましにしたがい、その他のすべてを拒むような一人の人間になりなさい。

 それ以上のことは、たとえそれが、しばしば世間で大いにもてはやされようとも、重要なものではない。現在の生活にとっても、そういう事柄はほとんどかかわりのないことだ。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-30

[][]一月三十日 人間の力の秘密は はてなブックマーク - 一月三十日 人間の力の秘密は - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 人間の力の秘密は、神の道具であるという性質にある。なぜなら、すべて永続的な真実の力は神のものであって、人間のものではないからである。エゴイズムと超感覚的世界に対する不信とが、人間の弱さの根元である。ヨハネによる福音書七の一六・三八。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-29

[][]一月二十九日 世間の人に「忍従」を説教したり はてなブックマーク - 一月二十九日 世間の人に「忍従」を説教したり - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月二十九日

 世間の人に「忍従」を説教したり、みずから嘆息まじりにおのが十字架を重そうに背負い、この涙の谷を通って、よりよい永遠へ巡礼する人間の見本になって見せたりすることは、あまり役に立つものではない。そういうことは全くだれの心をも惹きつけはしない。というのは、たいていの人は確かに、たとえつかの間でも、現世の快楽を多少なりと味わいたいと望んでいるからだ。けれども人生の本当の永続的な喜びの実例を見ることができたら、彼らはこのような喜びを生み出しうる宗教や哲学に注目するようになるであろう。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-28

[][]一月二十八日 あまり活動的でなく、思弁に溺れがちの はてなブックマーク - 一月二十八日 あまり活動的でなく、思弁に溺れがちの - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月二十八日

 あまり活動的でなく、思弁に溺れがちの、学識のある、ごく少数の人たちだけが、仏教の方がキリスト教よりもまさっていると考えている。それというのも、彼らがキリスト教を誤解しているからだ。ところで、この仏教は、キリスト教よりもなお一層不運な道を辿ってきた。すなわち、キリスト教の福音が理屈っぽいギリシアの神学者によってゆがめられた以上に、仏教はラマ教によって、つまり僧侶の修法によってゆがめられてきた。しかも仏教は、その最盛の復興期においてさえ、キリスト教の偉大さ、宏量さ、その実際的適用性には、いずれにしても遠く及ばなかった。仏教に帰依した諸民族の中から、最も条件にめぐまれた場合でさえ、プルン・バガドのような遁世的隠者をわずかに育てあげたにすぎない。仏教は、最高の発達をとげた時にも、単に一つの思弁であり、たいていは半ば夢みるような瞑想にすぎず、しかもそういう形式では、つねにごくわずかな人たちしか親しみえない宗教であった。このような宗教へ、われわれはさらにすぐれた、さらに真実な宗教を持ちながら、あえて改宗すべき理由を全く見出しえない。ところが、現代の「教養ある」階級の大多数の者は、あまりに怠惰なために、このよりすぐれた宗教を自分で綿密に究めようとしないか、あるいはただ新奇なもの、異常なものを追うせっかちな衝動に捕えられているのである。しかもこの衝動は、結局のところ、虚栄心という根本悪から由来しているのである。つまり、安価に手っ取りばやいやり方で他人にぬきんでること、なにか「自分だけに特別なもの」を身につけること、これこそが現代の教養が目新しい宗教などをもてあそぶ主要な原因なのである。いまにこのような教養をもつ広い範囲の人たちは、破産した自然科学的な唯物論のあとを追う羽目になるであろう。マタイによる福音書二四の一一・一二・一四。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

マタイによる福音書

24 

11 Then many false prophets will rise up and deceive many.

11 偽預言者(よげんしゃ)も大勢現れ、多くの人を惑わす。

12 And became lawlessness will abound, the love of many will grow cold.

12 不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。

14 And this gospel of the kingdom will be preached in all the world as a witness to all the nations, and then the end will come.

14 そして、御国(みくに)のこの福音はあらゆる民への証(あか)しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから、終わりが来る。」

『新約聖書』日本国際ギデオン教会

1919-01-27

[][]一月二十七日 徳というものは はてなブックマーク - 一月二十七日 徳というものは - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月二十七日

 徳というものは、それを人びとに命じることも、また元来教えることもできない。むしろただ徳の効果を人びとに教示して、彼らの内に徳についての確信が生まれるのを助けうるだけである。自発性こそが徳の神髄である。ところが数千年来、両親や学校や教会がそれと反対のことを無益に努めてきたために、それはついに人類のまぎれもない呪いのたねとなってしまった。そこで人類は、徳を犠牲にしてまでも、無理やりに徳の重荷からのがれようと、くり返し努めてきた。しばしば、元来徳にとりわけふさわしい人びとでさえも、それをする。やがて、彼らは徳の味方になるどころか、かえってその敵になってしまう。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-26

[][]一月二十六日 キリスト教の真理を本当に人に納得させる証明 はてなブックマーク - 一月二十六日 キリスト教の真理を本当に人に納得させる証明 - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月二十六日

 キリスト教の真理を本当に人に納得させる証明といっては、全くただ一つ、この教えが人びとに与えうる幸福よりほかにない。その他の事実、たとえば、この教えが神の言葉であるとか、キリストは神の「ひとり子」であって、神の真理を告知するために召された者であったというようなことは、できればそれをあたまから信じてかかるほかないことなのだ。またその当時から、最もすぐれた人びとがこの信仰に従ったというような事実でさえ、疑おうと思えばわけなく疑うことができる。なぜなら、それを証明するのはきわめてむずかしいからである。けれども、キリスト教が幸福をもたらすという事実は、われわれが自分で感じうることであり、生涯にただ一度そのような幸福を持ったという思い出だけでも、すべての教理にまさってはるかに確実な事柄である。ところが、現代の宣教師たちは、この世においては、ただ十字架や迫害やあらゆる種類の苦難を約束するだけで、また、たぶんこのあとにつづく来世の生活においても――これもまたさしあたりそれを信じるほかはない――、確実ともいえない栄冠を約束するにすぎない。その上、時には彼らの説教にともなって、たえず聖歌を合唱したり、少なくともわたしには別段魅力のない声楽を聞かされたりする。彼らは、そういうことをする代りに、福音書が告げているように、どんな諦念もがすでにこの地上の幸福によって百倍もつぐなわれること、また、この道は最も困難な道などでなく、むしろ人生の多くの危険に対抗してわれわれが進みうる最も善い、最も確かな道であることを、人びとに説きすすめるならば、ずっと成果をあげることができよう。マタイによる福音書一九の二九*1マルコによる福音書*2、九の二三、詩篇九七の一一。「では、十字架はどうなのか」。たしかに十字架はある。だが、それもあなたが思うように、ただ重いだけではない。それに耐えるための力が与えられるのである(マタイによる福音書一一の二九・三〇参照)。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「おおよそ、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、もしくは畑を捨てた者は、その幾倍もを受け、また永遠の生命を受けつぐであろう。」

*2:「自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。」

1919-01-25

[][]一月二十五日 人間のすべての性質のなかで はてなブックマーク - 一月二十五日 人間のすべての性質のなかで - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月二十五日

 人間のすべての性質のなかで、嫉妬は一番みにくいもの、虚栄心は一番危険なものである。心の中のこの二匹の蛇からのがれることは、素晴しくこころよいものである、もっとも、それを追いだしたあとの場所を、それに代って、人間軽蔑と傲慢という別の二匹の蛇が占めるのでないならば。ところが、そういうことは、嫉妬と虚栄心を免れた者に通常ありがちのことである。自己欺瞞に陥らぬように、この点に用心するがよい。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-24

[][]一月二十四日 正しく送られた人生において はてなブックマーク - 一月二十四日 正しく送られた人生において - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月二十四日

 正しく送られた人生において最後にいだくモットーは、かならずや平和と親切という言葉であるにちがいない。そうでなかっったら、その生涯はたとえどんなに立派に見えようとも、決して正しい道を経たものではなく、神のみこころにかなう正しい結果を持つわけでもない。しかしこのことは――短命に終わった、特にすぐれたわずかな人びとを別として――、たいてい、かなり晩年になってから成就するものである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-23

[][]一月二十三日 二千年前のパレスチナの文化よりもさらに はてなブックマーク - 一月二十三日 二千年前のパレスチナの文化よりもさらに - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 二千年前のパレスチナの文化よりもさらに高度の文化に対しても、キリスト教は適合しうるものだということ、われわれは正にこのことを世間の人びとに証しするために召されているのである。というのも、世間の人びとが現在、彼らの美的欲求と宗教的要求とのあいだの矛盾におちいって悩んでいるので、その心の矛盾から、彼らを解放してやるためである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-22

[][]一月二十二日 よい結婚は はてなブックマーク - 一月二十二日 よい結婚は - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 よい結婚は、おそらくこの世のあらゆる宝の中で最上のものであり、しかしなんといっても一番独特なものである。というのは、結婚はたぶんこの地上生活でのみ行われるもので、その後はもはやこれと同じようにはなされることがないからである。

 しかし、そういう良い結婚のためには、相互のまことの愛情のほかに、ぜひとも次の二つの事が必要である。第一には、双方がひとしく純潔で結婚生活に入らねばならないこと。第二には、夫が家計の維持者で稼ぎ手でなければならないことである。ところが、他のことではいやにデリケートな名誉感をもっている身分の高い人たちが、それと反対のこと(妻の持参金による生活)に甘んじていたり、あるいはすすんでそれを求めさえすることは、現代の最も奇妙な矛盾の一つである。しかし、これを改めるには、もっぱら生活様式と教育とを、とりわけ女子の教育をば、ずっと簡素化するよりほかはない。彼女たちはもう一度家庭の主婦らしくならねばならない。決して単なる美的生活の享楽者になってはいけない。さもなければ、彼女たちはもはや持参金なしでは結婚することができなくなろう。もっとずっと簡単な生活へふたたび戻ることが、さし迫った女性の利益であり、贅沢こそ彼女たちの最大の敵である。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-21

[][]一月二十一日 人がみなそれぞれに持っている十字架を はてなブックマーク - 一月二十一日 人がみなそれぞれに持っている十字架を - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 人がみなそれぞれに持っている十字架を、われわれもまた受け取り、背負うべきである。それをふり捨てようとしてもなんの益もない。むしろそのために一層重くなるだけである。しまいには、十字架がなくなると、もの足りなく感じるほど、それに慣れてしまうことさえまれではない。ところがわれわれは、たいていの場合、もう十字架の必要が全くなくなったとき初めて、その意味を悟るのである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-20

[][]一月二十日 真のキリスト教は雄大で荘厳 はてなブックマーク - 一月二十日 真のキリスト教は雄大で荘厳 - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月二十日

 真のキリスト教は雄大で荘厳なものを持っている。ところが、多くのキリスト者、わけてもプロテスタント教会の多くの牧師や宣教師たちは、そのことについての正しい理解も経験も持たない。彼らはキリスト教を単なる教義として、しかもそれにあらゆる細まごましい見解や外的規則を結びつけて、説いている、かようなものからキリストみずからは遠く離れていられたのに。イエスの兄弟(初め彼らはイエスをまるで信じなかったが、のちにはそれだけ一層熱心な自覚ある信仰をいだいた)も、そういうことはしなかったし、同様に、イエスの弟子たちや最初の帰依者たちの大部分も、信仰をそのように取扱いはしなかった。ルターやメランヒトンやカルヴァンなどに見られるよりも、さらに宏量なある種のキリスト教が、今になってやっと本当に現われかけている。それは、教理の把握をすこしもいいかげんにするものではないが、世には教理よりもさらに善い人間が存在することを認め、また、要するに肝腎な事は教理ではなくて、むしろキリストにささげる愛と生活であり、これを通じて、われわれはただひとりでも、まことの真理に達しうる、ということを承認する信仰である。マタイによる福音書四の二二。マルコによる福音書九の二四。「教理を知らないでもクリスチャンである者が少なくない。キリスト教は証明せらるべき教義ではなくて、生活さるべき一つの生命である」(ヘンリー・ドラモンド)。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-19

[][]一月十九日 正しい、誠実な、かつ率直な親愛は はてなブックマーク - 一月十九日 正しい、誠実な、かつ率直な親愛は - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月十九日

 正しい、誠実な、かつ率直な親愛は、兄弟姉妹や親戚の間では、およそこの上なくよいものである。けれどもそれは義務でなく、自由意志に基づくべきものであり、ただ感情だけでなく、理性をもって扱わねばならない事柄である。そうすれば、それは人生を飾るもの、その恵みともなりうるが、反対の場合は、そうならない。今日多くの人びとは、来世においても、現世の兄弟姉妹ともう一度結ばれたいと必ずしも熱望しないであろう。両親についてさえ、ほとんどそう思わないかもしれない。一番会いたいのは――といっても、みながみなそうとは限らないが――祖母や伯母であろう。というのは、彼女たちはこの世で最も利己的でなく、同時にとくにものわかりのよい近親者であり、一番感謝すべき人たちだからである。一般に、人間関係のまことに厄介なからみ合いが近親結婚から生み出される。古い教会の掟がそれを禁じたのは、きわめて正当な処置であった。自分たちの気ままな考えが少しでも制限されるのをもはや認めない現代の諸国民は、まもなくまたこの事を身をもって経験するにちがいない。エレミヤ記二の一九・二六―二八。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

エレミヤ書 2

イスラエルの犯した罪

19 あなたの犯した悪が、あなたを懲らしめ

 あなたの背信が、あなたを責めている。

 あなたが、わたしを畏れず

 あなたの神である主を捨てたことが

 いかに悪く、苦いことであるかを

 味わい知るがよいと

 万軍の主なる神は言われる。

新共同訳『聖書』日本聖書教会

エレミヤ書 2

イスラエルの犯した罪

26 盗人が捕らえられて辱めを受けるように

 イスラエルの家も辱めを受ける

 その王、高官、祭司、預言者らも共に。

27 彼らは木に向かって、「わたしの父」と言い

 石に向かって、「わたしを産んだ母」と言う。

 わたしに顔を向けず、かえって背を向け

 しかも、災難に遭えば

 「立ち上がって

   わたしたちをお救いください」と言う。

28 お前が造った神々はどこにいるのか。

 彼らが立ち上がればよいのだ

 災難に遭ったお前を救いうるのならば。

 ユダよ、お前の神々は、

 町の数ほどあるではないか。

新共同訳『聖書』日本聖書教会

1919-01-18

[][]一月十八日 個性の意義がいよいよ はてなブックマーク - 一月十八日 個性の意義がいよいよ - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月十八日

 長く生きていればいるほど、また大衆の影響力、大衆意識、あらゆる種類の社会的および結社的組織ということが世論にのぼればのぼるほど、かえって私には個性の意義がいよいよ明らかになってくる。「体ということが、すべてのものの終りである」ちうエッティンガー(十八世紀のドイツ神学者)のわかりにくい言葉でさえも、いまや私には理解できる気がする。精神的なものも、個性的に具体化されなければならない。この意味の具体性は理念の一つの形成であり、進歩であって、このように形成されて初めて、理念は十分な力と成熟とに達するのである。だから、おそらくこう言ってもよいであろう、現存するどんな理念もそれぞれ、その理念を表すにふさわしい人間を見出し、それを生み出すまでは、休(や)むことがない、と。また、そこからして、彼らに具現しているその理念が、まず大勢の人びとの頭や心におぼろげな姿で宿る時代がやってくるとき、そのような理念の具現者がその時代に対して強大な支配力を持つことにもなるわけである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-17

[][]一月十七日 キリスト教がすこしも信用されず はてなブックマーク - 一月十七日 キリスト教がすこしも信用されず - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 キリスト教がすこしも信用されず、その真理が真理として広く認められないとすれば、それはわれわれに、われわれの一人ひとりに、欠けるところがあるからだ。あのピラト*1でさえ(彼は真理なぞまるで信じていなかったのに)真理が一人の人間において体現されているのを見ると、尻込みしてしまったのだ。そしてその後もなお、このような真理の体現者たちは、はるかに欠点の多い者でも、つねにたいへん大きな力を持ってきた。人間というものは、少なくともその属する社会階級の中では、はなはだしい違いはない。ところが、ある者は人格者であり、他の者はそうでない。これはすべてその人のあるスケールの大きさ次第であって、これが彼らのなかの比較的すぐれた者を特に抜きんでさせるのである。世の中にはいろいろ異なった生活の方向があり、それによって人間はそれぞれのスケールを与えられるのである。

 とりわけ最も大きなスケールを人間に与えるのは、まことのキリスト教であり、反対にとくに小さな型の人間は、単にある宗教の外的形式の中で、いわば単にある特定の宗教的集まりの中でのみ、影のように動きまわる宗教人である。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:ポンテオ・ピラト、イエスを十字架につけたローマの提督。マルコによる福音書第一五章、マタイによる福音書二七章参照。(訳者注)

1919-01-16

[][]一月十六日 教育者や伝道師がやるように、人をはじめから信仰へ はてなブックマーク - 一月十六日 教育者や伝道師がやるように、人をはじめから信仰へ - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 われわれの教育者や伝道師がやるように、人をはじめから信仰へ導こうとするのは、たいてい全く無益である。だから、彼らはほとんど成功しない。なによりもまず愛の認識に導く必要がある。そうすれば、全くひとりでに、愛するものに対する信仰がその人の心に入ってくる。キリストがヨハネによる福音書一四の二三*1で言っているのも、このことである。信仰などまるで解しない最悪の人間の心にも、愛はなおつねに入りこむ余地があるものだ。愛をもってすればなおよく彼らの心をとらえて、彼らの内に神とのつながりをつくり出すことができる。このことがなによりも大切である。ただわれわれだけの内から生じたものは、力と持続性とを欠くが、神の霊との結びつきが許されるときに、この霊がわれわれの内でなしうることは、すべて善きものであり、それのみが生命力を持つのである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「もしだれでもわたしを愛するならば、わたしの言葉を守るであろう。そしてわたしの父はその人を愛し、また、わたしたちはその人のところに行って、その人と一緒に住むであろう。」

1919-01-15

[][]一月十五日 われわれが毎日目のあたりに見ている はてなブックマーク - 一月十五日 われわれが毎日目のあたりに見ている - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 われわれが毎日目のあたりに見ている現在の世界秩序には、多くの欠陥があると思わずにいられない。このことは、とりわけ、無数の人たちの物質的および道徳的悲惨を見たり、また人間以外の被造物に対して、ほとんど処罰も受けずに加えられている虐待ぶりを見るとき、疑う余地がない。本当に善良な素質を備えた多くの人びとが、このために無神論者になってゆく。実際わたしは、最も善良な人のひとり(彼はかつてあるキリスト教団の牧師であった)から、ダマスコのほとりでキリストの啓示がパウロを襲ったのと同じような、抵抗しがたい啓示の力をもって、無神論の確信に襲われた、という話をたまたま聞いたことがある。このような点についてわれわれを安心させてくれるものは、さしあたり次の二つのことである。第一に、われわれは真に最終的な判断の基準となるべきすべてのことをまだ見ているわけではないし、とりわけ、このまことに短い地上生活のあとにつづいて、その埋め合わせとなるべきものを、まだ一切知らないことである。次に、われわれの幸福の主な部分をなしている愛は、つねにどんな事情のもとにおいても、われわれの手中にあって、意のままになるということである。愛がなければ真の幸福はなく、愛があれば、全くの、永続的な不幸などは決してありえないからである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-14

[][]一月十四日 人生へ旅立つ若き人びとのために はてなブックマーク - 一月十四日 人生へ旅立つ若き人びとのために - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

   (人生へ旅立つ若き人びとのために)

 もしあなたが完全に正しいものになりたいと思うなら、いわゆる「新聞に評判よく書かれること」を断念しなければなるまい。毎日の新聞が完全に善い事柄を称讃することはごくまれで、かえって人の目をひく、効果のあがりそうな善くない事をほめるのがほとんど常則である。実際、こういうものこそ新聞の特種なのだ。新聞がキリストの時代にすでに存在したとしても、きっとわれらの主その人をほめもせず、擁護もしなかったであろう。新聞からたびたび、しかも大いに誉めあげられるような人物を信用しないことは、最も確実な人間知の一部である。まして、宣伝によってみずからその地歩を築きあげた人間は、絶対に排斥すべきである。彼の内には人間としてのいかなる善き基礎もありえないからだ。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-13

[][]一月十三日 人間の生活は、神の恵みによって はてなブックマーク - 一月十三日 人間の生活は、神の恵みによって - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 人間の生活は、神の恵みによって、また恵みの中にあって、堅固になっていないかぎり、えてして傲慢になりやすく、また意気阻喪しやすいものであって、しばしばこの一方の極端から直ちにほかの極端へ移りさえするということは、まぎれもない事実である。だから、つねに祈りにたよって、自分の力を頼まぬことが、すべての地上の道のうちで、最も確実な道である。人間存在の一切の謎を解明し、しかも人生を一つの課題と見なし、それに満足すべき、結局幸福な解決を与えうるような哲学など、決して発見されないであろう。人生は断じてそういう(理性をもって解明しうる)ものではなく、まただれにとってもそれはそうではない。人生のかなりの部分はつねに暗く、かつ困難なものであって、この点について、だれも思いちがいをしてはいけない。そこで神への信仰がこの欠陥を埋めねばならない。ただこの信仰によってのみ、心の平安が生じ、真の幸福感が得られるのである。ヨハネによる福音書一五、一六の二二―二四・三三。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-12

[][]一月十二日 老年にいたって、ますます はてなブックマーク - 一月十二日 老年にいたって、ますます - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月十二日

 人生は、老年にいたって、ますます美しく、立派になることができ、またなるべきものである。しかし、より安楽になるわけではない。それどころか、前には生活に楽しさを添えてくれた多くの人びとがいなくなり、さまざまの興味も消えうせてゆく。そしてヨハネによる福音書二一の一八*1でイエスがペテロに語った言葉を思い出させるような、多くの事柄がおしよせてくる。たしかにわれわれは連れて行かれるのだ。しかもしばしば、自分が欲しないところへ、であって、決してのんびりした俗人たちのいだく老後の理想のように、仕合わせな子や孫たちに囲まれた心地よい安らかな生活へ、ではない。けれども、おそらく、ますます広い、すぐれた見識へ、と導かれるであろう。かくて「多くの人を恐れさせる死も、つねにわれらを元気づけ、目ざめさす呼び声」であり、慰め手であって、怖るべき姿をして現われるわけではない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「よくよくあなたに言っておく。あなたが若かった時には、自分で帯をしめて、思いのままに歩きまわっていた。しかし年をとってからは、自分の手をのばすことになろう。そして、ほかの人があなたに帯を結びつけ、行きたくない所へ連れて行くであろう。」

1919-01-11

[][]一月十一日 菜食主義的な生活法は はてなブックマーク - 一月十一日 菜食主義的な生活法は - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 菜食主義的な生活法は、原則的にいえば、たしかに最良のものである。けれども、なによりも先ず、文明化した人類をもう一度そういう暮し方にもどし、また一般に、生活法をもっとずっと簡素なものに慣れさせねばならないだろう。いわゆる文明こそが、この単純な生活から人類を引き離してしまい、そのことが結局、人類の損害となったからである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-10

[][]一月十日 いつまでも同じ考えに はてなブックマーク - 一月十日 いつまでも同じ考えに - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 いつまでも同じ考えに、そればかりか同じ思い出にこだわっていてはならない。過ぎ去ったことは済んだこととして、現在なすべきことを行わなければいけない。「処世の知恵とは、ある一事を行い、それをなしとげることだ。あなたがなしうる最もよい、最も正しい事をしようと努めなさい。――しかし、そうしたあとは、それをすて措くがよい。」

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-09

[][]一月九日 愛をもってすれば はてなブックマーク - 一月九日 愛をもってすれば - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月九日

 愛をもってすれば、あらゆるものにうち勝つことができる。愛がなければ、一生の間、自己とも他人とも戦いの状態にあり、その結果は疲労困憊に陥り、ついにはペシミズムか人間嫌いにさえ行きつくほかはない。しかしながら、愛の実行はつねに、初めそれを決心するのはむずかしく、やがて神のみ手に導かれてそれを行いうるまで長い間たえず習得すべきものであって、愛は決してわれわれにとって自然に、生まれながらに備わっているものではない。ついに愛をわがものとした人には、他のいかなるものにもまして、より多くの力ばかりか、より多くの知恵と忍耐力をも与えられる。なぜなら、愛は永遠の実在と生命の一部分であって、これは、すべての地上のものとちがって、老朽することがないからである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-08

[][]一月八日 「愛の掟」は はてなブックマーク - 一月八日 「愛の掟」は - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月八日

 ヨハネによる福音書一三の三四*1で、キリストが語られ、そして弟子たちにいわば彼らの憲法として授け給うた、あの「愛の掟」は、当時すでに「新しい」掟であったが、その後もやはりいぜんとしてそうであった。今日もなおこの掟は、大きなキリスト教会でなくて、むしろ小さなキリスト教団のなかで生きている。一般に人間の相互関係の原則として行われているのは、せいぜい権利の法則、法律上の相互的義務の法則であり、最高の場合に、公正と人道の法則、あるいは良心の「無上命令」であるが、しかし普通には、強者の権利や生存競争、あるいは単なる美的感覚や「生の楽しみを尽すこと」が幅をきかせている。あなたがキリスト教のこの根本的な掟を生活原則として認め、誠実にそれに従うならば、あなたはキリスト教徒であり、それと結びついた超自然的な保護と祝福をも期待することが許される。さもなければ、あなたは自分の力でできるだけやって行くよりほかはない。ところで、この新しい愛の掟は、われわれがそれを学び、実地に習練することが必要である。それはひとりでに効力を生じるものではなく、ただそれを行おうという真面目な決心によって、効力を現わすものである。また、この愛の掟はわれわれの天性に備わっているわけでもなければ、現代の教育によって授けられるものでもない。人間を正しく判断し、しかもなお彼らを愛するということ、これが人間の知恵と人生経験の最高段階である。それがなし遂げられるのは、たいてい晩年のことである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「わたしは新しいいましめをあなたがたに与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」

1919-01-07

[][]一月七日 超感覚的なものをば はてなブックマーク - 一月七日 超感覚的なものをば - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月七日

 われわれは超感覚的なものをば、自然のままの感覚でもって知覚できるか、つまり、それを見たり聞いたりすることができるか、それとも、そういうものは「昔からのお伽噺(メールヘン)」であって、われわれ現代人の間ではもはや起らない事柄であるかどうか、これはだれに対しても、答えうる、また答えるべき問題ではない。われらの主もたしかにこのような超感覚的な事を数多く体験されたにちがいないが、それを語り給わなかった。しかし子の事は、昔と同じように今でも起るものである。ただ、それを見るのは、聞くよりもずっとまれであって、それだけ一層驚くべきことであり、たいていはただ重大な危険の際にある助けとして現れるにすぎない、したがって、いつでも励ましや慰めのためという親しみのある感銘を一様に残すとは限らない。しかし、もし親しみのある種類のものであれば、それは類いなく美しい出来事である。そのどちらの種類のものでも、これを体験した者にとっては、いつまでも忘れがたいものであり、同時にまた、超感覚的なものの実在性を証明するのである。しかし単なる幻像はずっと忘れやすく、前と同じようにはもはや決して起りえないであろう。しかしこのような超感覚的な顕現をわれわれが呼び出すなどということはできない。一心な祈りや断食やそのほかこれに似た手段によっても、それは不可能である。そういう場合には、つねに、危険でなくはない欺瞞が伴いがちである。こういう顕現は、全くひとりでに、そのしかるべき時に、通常、全く思いがけなく、突然に、しばしば実際の仕事の途中にやって来て、そして同じように不意に消え去るものである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-06

[][]一月六日 人それぞれが一つの祝福の泉と はてなブックマーク - 一月六日 人それぞれが一つの祝福の泉と - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月六日

 人それぞれが一つの祝福の泉とならねばならない。その泉には、一方から神の祝福が、その人の我意にすこしも妨げられずに、自由に流れこむことができ、次にはそれが、その人に接するすべての人たちの方へ流れ出ていく、というのでなければならない。このことが起らないかぎり、その人の生涯の営みは大部分失敗したのだ、といってよい。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-05

[][]一月五日 人間はだれでも生活の楽しみを はてなブックマーク - 一月五日 人間はだれでも生活の楽しみを - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月五日

 人間はだれでも生活の楽しみを得たいという自然の欲求を持っている。彼らからそれをしいて奪いとるならば、きっと彼らは――特に若い世代には――精神的にそこなわれてしまう。だから、適当な時期に彼らを正しい人生の楽しみに導いてやることが大切である。正しい楽しみとは、神との互いに愛にみちた交わり、また、すべての被造物への友愛である。これは、正しい道にある人の心を必ず十分に満足させるものである。そういう人には、その他のどんな生活の楽しみも物足りない。真の楽しみを持たないなら、俗に退屈といっている不快感が入りこんでくる。

 この真理を人びとに教示して、彼らもまた、できるだけこの真理に従って生活する能力を持たせること、これこそ教育の名に価いするものである。これと異なる教育は、すべて誤った方向を追っているのだ。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-04

[][]一月四日 本当の生活はわれわれの思想の世界 はてなブックマーク - 一月四日 本当の生活はわれわれの思想の世界 - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月四日

 われわれの本当の生活はわれわれの思想の世界である。その中に真正の愛が多く含まれていればいるほど、われわれの生活は神に近いものであり、従っていよいよ幸福を約束するものとなる。

 天国と地獄とは一つの状況(心の状態(エタ・ダーム))である。それらを叙述している単純素朴な比喩の言葉を、しかしわれわれキリスト者はいかなる時でも畏敬の心をもって取扱わねばならない。なぜなら、イエスもまた確かにこのような信仰を持っていたと思われるからである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-03

[][]一月三日 しだいに年をとるにつれて はてなブックマーク - 一月三日 しだいに年をとるにつれて - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 われわれがしだいに年をとるにつれて、死後も別の生活をつづけるために、またそこでのわれわれの席を決めるためにも、なおより多くの愛を習得するというこの世の最後の課題がそれだけ重大なものとなる。この最終の卒業試験に臨んでは、どんな学問や芸術も全く役に立たない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-02

[][]一月二日 つねに神のみ手のなかに はてなブックマーク - 一月二日 つねに神のみ手のなかに - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 われわれはこれまでつねに神のみ手のなかにあったし、これからも永遠にそうである。この考えを抱くかぎり、死と呼ばれる滞在地の変更は、その重大さと恐ろしさを失ってしまう。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-01-01

[][]一月一日 一度にあまりたくさん読みすぎないように はてなブックマーク - 一月一日 一度にあまりたくさん読みすぎないように - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

一月一日

 一度にあまりたくさん読みすぎないように。とくにこの本では、それはよくない。この本はすこしもそういうつもりで編まれていないのだから。毎日がそれぞれ別になっているので、それを読んだ日の晩に――もしあなたがこの本を朝か前の夜に開けてみたのなら――あなたはその日の思想に賛成するか、それともそれを後日に取っておこうとするか、自分でそれがはっきり分かるにちがいない。だが、その思想をしりぞけてしまうことはめったにできないだろう。ただ偶然にあなたの手に入ったこの本を、すっかり閉じてしまおうと思わないかぎり。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫