蜀犬 日に吠ゆ

1919-02-05

[][]二月五日 人間にはそれぞれ、善い天使と悪い天使とが はてなブックマーク - 二月五日 人間にはそれぞれ、善い天使と悪い天使とが - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 人間にはそれぞれ、善い天使と悪い天使とが一生の間つき添っていて、そのどちらかの天使がその考えを人間の耳にささやくというのは、おそらく一つの比喩であろう。なぜなら、福音書の言い伝えのどこにも、われらの主がそのことについて語っていないからである。

 しかしそれでも、この比喩は実際の現実と人生の経験とに一致するものであり、しかもある人の心の中で、一つの霊の勧告に代って他の霊の勧告が行われる場合、その変化は全く驚くばかりである。実に、その人の声の調子の変化や顔の表情にまで、どちらか一つの霊を、文字どおり、はっきり見てとることができるほどである。

 それはともかくとして、われわれはおのれの欲するままに、この霊的助言者のどちらか一方の言葉に従いうることだけは確かである。ただ、どちらかに従う行為も、他のあらゆる好意と同じく、習慣によってしだいに容易にもなれば、あるいは困難になるものである。だから、あの預言者(エリア)はイエスラエルの王アハブ(この王も時にはいくらか善き霊の励ましを受けた)についてこう言った、王はついに悪ばかりを行うようにすっかり「売り渡されて*1」しまった、と。これは現代における多くの人たちの運命である。しかも、まさにかような人たちが、すでに使徒も言っているように、「自由」について最も多くおしゃべりをするのだが、実はとりわけ不自由な罪の奴隷にほかならないのだ。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:列王紀上二一の二〇参照。邦訳聖書では、「売り渡されて」でなく、「身を委ねた」となっている。(訳者注)