蜀犬 日に吠ゆ

1919-02-21

[][]二月二十一日 エマソンのキリスト教は、一般に はてなブックマーク - 二月二十一日 エマソンのキリスト教は、一般に - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 エマソンのキリスト教は、一般にユニテリアン主義(唯一神論)の最もよい代表者においてさえそうであるように、私にはあまりにも血の気がうすく、あまりにも汎神論に近いように思われる。「コンコードの賢者」と呼ばれたエマソンのような「賢者」となることは、万人の理想でないばかりでなく、どんな実践的な人の理想でも決してない。けれどもかつてスピノザが持っていたような、あの静かな、孤独を愛する人生の知恵を、われわれも理解し、また尊重することを知らねばならない。およそ強烈な個性をもち、しかも外面的な名誉心などほとんどない人で、その生涯に時として、そのような独自な境地に心を惹かれなかったという人は、ほとんどないであろう。このような場合、その人が神の恩寵によってさらにそれをものり越えて来たとすれば、神に感謝すべきであろう。マタイによる福音書二三の八*1

 善に対する熱情は、たとえばゲーテがドイツにおけるナポレオンの暴力的支配に対して示したような、悪の顕現に対する哲学的平静よりも、確かにまさっている。同じように、人間への愛も、それが時としてあまりに熱く血をわき立たせる場合でさえ、結局ただ自己の(外的か内的の)幸福も、まだしも人を神に近づけるものである。――すべて、以上のべた思想や態度は、ただ上品か粗野かのちがいはあるが、エゴイズムのいろいろな形式にすぎない。いずれも、来世の生活では、存続しえないものであろう。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「しかし、あなたがたは先生と呼ばれてはならない。あなたがたの先生は、ただひとりであって、あなたがたはみな兄弟なのだから。」