蜀犬 日に吠ゆ

1919-03-06

[][]三月六日 あらゆる人間がその本性の中の はてなブックマーク - 三月六日 あらゆる人間がその本性の中の - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 あらゆる人間がその本性の中の動物的部分のために、またその「遺伝的負荷」のために、必ず官能的な、怒りやすい、虚栄敵で貪欲な自然的素養を身に備えている。あなたがこうした自然的素質から脱却して、その全存在が根本的な善にまで達しえないならば、どんな善行を積んでも――はっきり言い添えておくが――何か美しい結構な信条公式をどんなに信仰していても、それらはすこしも役立つものではない。

 それではまだ、この世でもあの世でも、善の王国に入るわけにはいかない。信仰はたしかにそのための一つの手段であり、そればかりか、われわれの確信に従えば、なくてはならぬ手段である。そして善行もまた、とくに旧約聖書の見解によれば、やはりそのための手段となりうる。しかしこれらは、なんとしてもまだ、肝腎な事柄そのもの、つまり、新しい人間となることでも、新しく生まれかわることでもない。だから、善行は十分にひとの心を満足せしめないし、だからまた、実際に信仰をもっていながら多くの人たちが心の落着きをえず、たえず求めつづけ、つねに嘆息をしてやまないのである。むしろ単に生まれつき善へのより強い性向を有する他の人びとの方が、彼らよりも、かえって幸福であることが少なくない。このことが今日実に多くの人たちに心の不安を与えているが、しかし彼らは、どうしてそういうことになるのか、本当にわかってはいない。われわれは目的と手段とを取りちがえてはならないのである。

 キリストに帰依することは、義しき存在へ到達するための、世にあるかぎりの実に最良の手段であると、われわれは信じている。しかしあなたの生涯の目的は、あなた自身が、あなたの最奥の本性においてキリストに似た人間に、すなわち、善良なこの世の生活でもあの世の生活でもひとしく有用な人間になることである。

 あなたは決してこのことを取りちがえてはならない。この目標に向かってまっすぐに、あなたの力のかぎりをつくして突進しなさい。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』